四 …… 十月三日、昼

◆四 …… 十月三日、昼


 昼下がりの森。斧が風を切る音と木が砕け散る音が、交互に響く。

 いつものように木を伐採しながらも、ダニエルは少女の今後について考えずにはいられなかった。

 何故、彼女を助けたのか……昨夜から引き摺っている問いには、ダニエル自身、まだ明確な答えを出せていない。

 しかし、助けたからには、それなりの責任がある。助けはしたが後は知らない、などという薄情なことは言いたくなかった。

(俺の住む小屋までは、教会の監視の目も届き難い。この近辺で隠れるように暮らしていれば、最低限の生活と、身の安全は保障してやれる。だが――)

 そんな生活で、少女が幸せであるわけはない。人前で顔を晒すことすらできないまま、太陽の光も満足に浴びられぬまま、死んだものとされながら、冴えない中年と二人きりで朽ちていく――それでは、あのまま大木に抱かれて死んでいた方がまだ救いがある。そうダニエルは思った。

 彼女はまだ若い。未来がある。普通に外出して、普通に仕事をして、普通に恋愛をして……そういう当たり前の生活を享受する権利が、ある筈なのだ。

(しばらくは、ここで我慢してもらうとして……機を見て隣国、リールに逃げてもらうか。あそこにはアミアンのような、馬鹿げた魔女狩り制度はない)

 逃げてもらうか、と一言で済ませても、それは容易なことではない。もし容易であれば、教会の横暴に不満を持つアミアン国民は雪崩を打ってリールに移住するだろう。

(逃亡には、相応の資金が要る。国境監視員に払う賄賂、向こうでの住居、生活費……)

 それらにかかる諸費用は、果たして総額で何ゴールドになるだろう。想像しただけで寒気がした。

 どう逆立ちしても、ダニエルの収入では足りそうにない。ダニエルはどうしたものかと呻吟する。

 と、斧がざくりと音を立てて木に食い込み、抜けなくなった。打ち込む箇所がずれたらしい。

 思考に没頭し過ぎていて、手元が疎かになっていたようだった。

 木の根に足をかけて、斧を引き抜く。丁度いい機会とばかり、そのままその場に腰を下ろし、小休止に入る。

 周囲が急に暗くなったことに気付いて、ダニエルは空を見上げた。黒々とした数多の雲が空を覆い、陽の光を遮っていた。

 突如として世界を包んだこの暗闇が、二人の未来を暗示している……一瞬、そんな妄想に囚われて、ダニエルは頭を振った。

(これは、一雨来るかもしれんな)

 妄想から現実へ、意識を切り替える。いつでも撤収できるよう、荷車に材木を積み込んでおこうと立ち上がる。

(俺は、これからどうするのか? 彼女は、これからどうなるのか?)

 一纏めにした材木を縄で縛りながらも、心を占めるのは少女のことばかりだった。


――――※――――

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