二 …… 十月二日、夕刻
◆二 …… 十月二日、夕刻
ダニエルは、今日一日の仕事を終え、斧を背負い小屋へと戻る途中であった。
ダニエルは木こりである。森に小屋を建てて住み、木を伐採し、城下町に卸して生計を立てている。
歩き慣れた、いつもの帰り道。ダニエルは一本の大樹に寄りかかるようにして倒れている一人の若い娘を見つけた。
教会の紋章が記されていない、無地の黒いローブを身に纏っている。それは教会が魔女と認めた証であった。
ダニエルは生死を確認しようと、彼女に駆け寄った。意識を失ってはいるものの、辛うじて息はあるようだ。しかし、降りしきる雨の影響か、その身体は急速に温もりを失いつつあった。
ダニエルは背負った斧を下ろすと、彼女を背負い、それから斧を脇に抱えて、家路を急いだ。
日常的に斧や材木を運び、力仕事慣れしていたダニエルは、背中で手足を投げ出して揺れる少女の身体の軽さに驚いた。
ダニエルは小屋に到着すると、少女を小屋に一つしかないベッドに寝かせ、すぐに暖炉に火を点した。
設計、材料調達、建築。すべてをダニエルが一人でこなして建てたこの小屋は、小さいながらも彼自慢の城であった。
少女はベッドに横たえられても尚、はぁはぁと荒い息をつき、苦しそうに身体をよじっていた。悪夢にうなされるように。目に見えない何かから逃げるように。
ダニエルは髪をかきあげ、少女の額に手を当てる。熱い。ダニエルは手を引っ込め、眉をひそめた。かなりの高熱だ。
ダニエルは薬品棚から、ヤナギの樹皮をすり潰して作った手製の解熱剤を取り出し、カップに注いだ。
「薬だ。飲めるか」
カップを口許に近付けてそう語りかけると、少女はゆっくりと瞼を開き、焦点の合わぬ虚ろな目をダニエルに向けた。
解熱剤を飲ませて数時間ほど経っただろうか。少女は落ち着いたのか、静かな寝息を立てはじめた。
ふう、とダニエルは安堵の溜め息をつき、自作のロッキング・チェアーに腰掛けた。
(俺は何故、この少女を助けたのだろう)
ようやく眠りに就いた少女の横顔を見やりながら、ダニエルは自問していた。
ダニエルは元々、人付き合いが得意な方ではない。むしろ、人と人との繋がりと言うものを鬱陶しがっていた。
だからこそ、木こりになった。だからこそ、不便を承知で辺鄙な森の奥深くに小屋を建てた。
(何故、少女を助けた)
ことあるごとに民衆には慎ましくあれと説き、その裏では神をも恐れぬ贅沢三昧。おまけに高圧的で、権威主義。
ダニエルとて、そんな教会の人間たちを疎んでいなかった訳ではない。
しかし、だからといって彼等との面倒ごとは御免だった。城を後ろ盾とする教会の圧倒的権力の前には、一民間人など虫けらに過ぎないのだ。正に言葉の通り、触らぬ神に祟りなしである。
そうは思うものの、ダニエルは少女を教会の連中に引き渡すつもりなどは毛頭なかった。それならば、見殺しにしておいた方が幾分か優しい。
(何故……)
思考は、こねまわすうちに複雑に絡まってしまった知恵の輪のように、回答を導き出せぬまま堂々巡りを繰り返す。
ロッキング・チェアーに揺られながら考えにふけるうち、仕事と看病の疲れもあってか、ダニエルはいつしか深い眠りに落ちていた。
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