第27話『俺のバスタードを汚せというのか』三

「大丈夫?」


 ニコラが心配そうな声音で声をを掛けて来た。


「……ああ、焼けば食えない事も無さそうだ」


「絶対に嘘だって分かるくらいには、酷い顔してるのに?」


 ニコラ突っ込みが入る。俺の言葉にパラサイトワームを知っているのか、何人かの冒険者がギョッとした顔でこちらを見ていた。


「ああ、試しに食ってみれば良い…………みんな、俺と同じ顔になるからな」


「ボ、ボクはいいかな」


 そんなに酷い顔をしているのか、引きつった顔でそう言ったニコラ。生き残りが居ないか確認をしたのか目を逸らし、軽く辺りを見渡している。


「……パラサイトワームは魔物なのか? 見たところ魔石は無さそうだが……」


「いや、魔石ならちゃんとあるぜ? 魔力が少ない魔物だからよ、頭部分に本当にちっっさいのがな」


 そう言ったハーロルトは、パラサイトワームの頭部からビービー玉サイズの魔石を取り出して見せた。それを適当な場所へと向けて投げ捨て、続けて口を開く。


「ま、人間の魔石とは別の意味で売れない魔石だわな。サイズが小さすぎだ」


 ――人間にも魔石があるのか……と思いながらもハーロルトがそれを常識っぽく言ったので詳しく聞けず、小さく頷いて返した。すると小さく苦笑いを浮かべたニコラは、愛らしい声音でハーロルトに尋ねる。


「ねえ、なんで人間の魔石は売れないの?」


「んあ? ああ、最近冒険者になったニコラさんは知らないんすね。人間は死んだ時に体内の魔力が心臓部分に集まって魔石化するのは知ってると思うけど、それを買い取る場所が何処にも……それこそ、どんな裏組織でさえ無いんすよ。それが成立すると、人間を狩る人間が出てきちまいやすからね」


 圧倒的実力差からなのか、その可愛らしさからなのか……ニコラに対する対応が他の人間にする対応と違う。それが口調に出ているハーロルトは俺の方に向き直り、更に言葉を続けた。


「つまり兄弟みたいなとんでもポーションを持ってる場合、守る優先度は頭よりも心臓って訳よ」


「いや、人間の場合魔石になるのは死んでからなんだろ? 俺のポーションも死人には効果が無い。だからやっぱり最優度は頭だ」


「ほう……って、普通にどっちも守ろうって事よな」


「違いない」


 そこで一度、盗賊風の冒険者の死体に目をやって……その惨状に顔を顰めながら口を開く。


「何にせよ、これで盗賊の情報が信用出来なくなった訳だ。……何時からだと思う?」


「腐臭がしたって事は……最初っからじゃないか? パラサイトワームは致命的な部分で裏切るか、そこまでの間に此方の最大戦力を削る戦法を取るんだよ。兄弟は何か言われなかったか? 今この集団の最大戦力は《黒の隻腕》のパーティーと、あんたら二人だぜ」


「……ついさっき、この集団を見捨てて逃げようって言われたな」


「やっぱりか。何にせよ、先頭のギルマスと騎士様に報告しねぇとな」


 そんな事を言って先頭へと駆けて行ったハーロルトは、それなりの時間を空けて戻ってきた。ハーロルトが俺に向かって告げた内容は、集団の移動速度を限界まで上げる……という、高確率で弱者を切り捨てる事になる内容だった。



 ◆



 集団は当初の倍以上の速度で進み、当初の予定を全て捨てての強行軍の予定となった。本来休憩を取る筈であった場所もスルーだ。


 ……そして……それが正しい選択であったのを裏付けさせるかのように、後方へと放った新たな偵察は誰も帰ってこない。


 昼休憩を挟まずの強行軍は冒険者で無い一般人を苦しめた。中には付いて来れない者が出てしまい、途中で腰を下ろして座り込んでしまう。


 昼食などは移動しながら食べた固パンのみ。


 ニコラは既に俺の頼みを受けて、二人の子供を小脇に抱えながら歩いている。本当は俺が運ぼうとしたのだか……体力的に駄目だ、と止められた。


 時刻は夕暮れ頃……集団は既に限界だ。


「兄弟を含めたオレ達冒険者は、わりかし平気なんだけどな。一般人は町まで持たねぇぜ、これは」


「……なあ、強行軍の成果でそろそろ森は抜けるんだろ?」


「あぁ、かなり悪くないペースだぜ。ニコラさんの抱えてる子供の両親みたいなのを置いてきちまってる、って事を除けば最高だ。……襲撃だって無いしな」


「……ハーロルト。思い出させないでくれ……」


「……悪い。だがよ、兄弟の判断は人としては立派過ぎる。それこそ、オレから見たら聖人様に見える程に。周りを見てみろよ」


 そう言って、辺りを見回すハーロルト。俺はハーロルトが示すように辺りを見渡した。


 何処を見ても、覇気のない村人や冒険者が見えるばかりだ。……が、ハーロルトには別の何かが見えているようで、言葉を続ける。


「オレを含めて誰も。誰一人として、人を抱えてやしねぇ。ああ……確かに人を抱える余裕が無いってぇ言い訳は出来るが、〝誰も抱えていない〟それが事実だ。二人も抱えてる兄弟はすげぇよ」


「……俺じゃない、ニコラだ。俺は……誰も抱えていない」


「そうか? まぁ、そうだろうな。……それじゃあ聞いてみるか。ニコラさん、ニコラさんは兄弟が子供達を助けるように言わなかったら、そうやって抱えて歩いてたっすか?」


「ううん、ボクが最優先に考える事はヨウ君のこと。ヨウ君が望まなかったらボクは……疲れが見えてるヨウ君に肩を貸していたよ」


 何処までも俺の事を優先して考えてくれているニコラに、内心でほんの少しだけで冷たいな……と思ってしまう。だがそう思いながらも嬉しく思っている自分もいて、苦笑いを浮かべるしかない。


「だ、そうだぜ兄弟」


「ハーロルト、お前は本当に良い奴だな。口もよく回る」


「へっ、この口があれば女だって落し放題ってもんだぜ?」


「おお、モテ男である兄弟のハーロルトよ! 恋人の一人や二人や三人は居ないのか!」


 俺はハーロルトの冗談に乗り、少しだけ暗い気分を晴らすことが出来た。ハーロルトもそれに乗って、更に冗談っぽく言ってくる。


「ああ居るさ! 一人や二人や三人なっ! 目的地の街にある、行きつけの酒場の看板娘がそうなんだ! 三人とも尻を撫でたくらいでおもいっきりビンタしてくるが……ああ勿論、照れ隠しさ!!」


 ニコラに流し目を送るハーロルト。


「ボクのお尻撫でたら、掌から皮が無くなると思ってね?」


 笑顔でハーロルトにウィンクをするニコラ。冗談っぽいが全く冗談に聞こえないそれに、ハーロルトが鳴き声を上げた。


「ぴぃっ」


「ハーロルト……その酒場、紹介してくれるんだろ?」


「勿論だぜ兄弟」


「……キミたち。こんなに可愛い女の子が傍にいてする話かな、それ」


「おっとニコラさん! 焼きもちっすかい? では失礼して」


 そっとニコラの尻に手を伸ばそうとするハーロルトだったが……再びニコラに微笑みを向けられ、鳴き声を上げながらその手を止めた。


「ぴぃっ」


「ハーロルト、怖いなら止めとけよ」


「ああ、兄弟の居ない時と意識の無い時は止めとくぜ。オレはまだ、おっぱいの感触をこの手で味わいたいからな」


 そんな事を話ているとニコラが真剣な顔をし、小声で呟いた。


「二人とも、後ろか何か来る……軽装鎧の音かな? うん、足音も多分靴だよ」


「人か……?」


「何にしても、警戒しない手は無いんじゃねぇか?」


「だな」


 ニコラは抱えていた子供二人を優しく起こす。少しだけ自分で歩くように言ったあと、クレイモアに手を掛けて後方を警戒した。


 ハーロルトは片手に持っていた松明を高く掲げ、俺もランタンを高く掲げる。俺とハーロルトにも軽装鎧の音が聞こえる程度にまだ近づいてきた頃、ようやくその姿を視認する事が出来た。


 姿を見せたのは……偵察に向かった冒険者だ。しかし、体のあちこちから血を流している。


 俺とハーロルトは警戒を解き、立ち止っていた自分達と集団の位置を確認する。……ほんの少しだけ距離が開いていた。


 俺、ニコラ、ハーロルトが立っている場所までやってきた冒険者は荒い息を整え、焦ったように口を開いた。


「ハァ……ハァ……ッ、かなり、近い!」


 冒険者はそれだけ口にしたあと、懐から治癒のポーションを取り出して一息に呷った。そして冒険者が言葉を続ける。


「先頭に伝えてくる。今のペースで進んでも、夜明けには追い付かれるぞ」


 それだけ言った後、冒険者は集団の先頭を目指して駆け出した。


「……っちッ、俺達も持ち場に戻るか」


「あー、これは戦闘、避けられそうもないな」


「もう、迎撃態勢を整えての戦闘は出来ないんだろうな」


「ボク達だけで逃げちゃう?」


「冗談っ」


「はぁ……だよね。それじゃあ、ボクも頑張っちゃおうかな」


 俺、ニコラ、ハーロルトの三人はそんな会話をしつつ、集団との開いた距離を詰めて配置に戻った。



 ◆



 限界まで速度を上げた集団は夜明け頃、ようやく町が見える距離にまで来ていた。

 そんな時……ニコラは一瞬だけ目を細め、抱えていた子供二人を地面に降ろす。


「おねえちゃん……?」


「二人とも、あそこにある町は見えるね?」


「「うん」」


「そっか。それじゃあ、あそこまで自分の足で歩けるかな?」


「うん」


「頑張る」


 トテトテ、と集団の中へ入って行った二人の子供。二人を笑顔で見送ったニコラが真剣な表情となったため、空気を読んだ俺はそっとバスターソードに手を添える。


 あれからずっと一緒に歩いていたハーロルトにも、目配せをした。


 目が合ったハーロルトも真剣な表情となり、何時でも剣を引き抜ける体制を作った。ニコラが子供っぽい声を出して、地面に落ちていた石を拾う。


「あっ、綺麗な石みーっけ」


 体を起こすと同時に――投擲。

 体を捩るようにして放たれた礫は後方へと飛んで行き……パーン! という水が弾けるような音が聞こえてきた。それと同時に俺とハーロルト、ニコラの三人は武器を構えて駆けだす。


 それに合わせて、ハーロルトが警告の声を上げる。


「敵だーッ!」


 集団に緊張が走り、残り少ない冒険者達が後方へと寄って来た。


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