第28話『危険なおっさんと危険な仲間』一
ニコラに合わせて少し走ると、そこに居たのは平原で保護色となるような布を被ったオーガ達。その数は四体。
本来は五体ものオーガが居たようなのだが一体は恐ろしい……いや幸運な事に、頭を失って倒れている。
「ヒトリハ逃ゲロ! 報告ダ!」
リーダーらしきオーガは棍を構え、振り抜く――筈だったが、それよりも早く間合いに入っていたニコラによって両断。その光景に一瞬だけ気を取られていたオーガの腱を、俺はバスターソードで切り付けた。
ハーロルトも同じように切ろうとするも、オーガが寸でのところで回避してしまい失敗。
「俺様の出番だなッ!」
そんな声を上げたハーロルト側のオーガに背後から切りかかり、首を跳ね飛ばしたのはラルク。
腱を切られ苦しんでいるオーガから俺が距離を取れば……後方から火の玉が飛来し、オーガに命中。炎に包まれ地面を転がり回るオーガの頭に俺はバスターソードを突き立て、一度引き抜き――また振り下ろして首を切断する。
「もう一体は!?」
俺がそう声を上げた時には、オーガはかなり遠くまで逃げていた。この世界に存在する魔物の身体能力の高さを思い知らされた――が、かなり遠くまで逃げていたオーガが唐突に倒れる。
倒れた地点をよく見てみれば、そちら側から駆け寄ってくる赤い影。ばっちり返り血を浴びているニコラだ。
服はかなり血で汚れていた筈なのだが、ニコラが俺の元までやってくる頃には……頬に付着した一点の血痕を除けば、綺麗になっていた。俺はニコラの頬に付着した血痕を指で拭いながら、出来立てほやほやカップルのような冗談っぽい口調で言ってやる。
「ニコラ、ほっぺに血痕が付いてるぞっ」
「ありがとヨウ君! ……これって、拭き取ったものを口に運ぶまでが一連の流れだよね?」
「……すまん、流石に無理だ」
◆
集団は当初の予定とは比べものにならない速度で町へと近づいており、今もなお速度を維持しながら町へと進んでいる。このままのペースで進んでも二十分もあれば余裕で市壁にまで辿り着けるだろう……にも関わらず、村人と冒険者の顔色は良くない。
当然だ、ここに来るまでに多くの家族や仲間を失った者も多いだろう。空元気で明るく振舞っていた者達の顔色も曇っていた。
魔王軍の偵察部隊との戦闘、襲撃は最初のものを含めて七度。内三度は一、二体取り逃がしている。
集団の正確な位置を把握されているのは間違いないだろう。そんな重苦しい空気の中、ハーロルトが口を開く。
「……兄弟、市壁の上に設置されてる魔力バリスタがよ、こっちに向いてないか?」
「魔力バリスタ……?」
「魔力弓とも言われている、魔力で放たれる大型の弓なんだが……じゃなくって。アレって普段は、空に向いてんだよ。それが……こっちに向いてるような気がしてならねぇんだ」
「ニコラ、見えるか?」
「んー……うん。確かにこっちに向いて……あっ、一発発射した」
「は?」
市壁の上から放たれた光の矢は、此方に向かって伸びてきている。……正確には間違っても集団に当たる事が無いよう、市壁から垂直に放たれた一矢。
それは集団の頭上にも届く事は無く……それどころか、その射程は一キロ伸びたかどうかの一矢だ。それに気付く事が出来たのは、ニコラの言葉を聞いていた俺とハーロルトくらしか居ないだろう。
一矢に込められたメッセージ。
それは間違いなく――――。
俺は後ろを一度見た直後、声を張り上げて叫ぶ。
「敵の本体だッ!! 死ぬ気で走れ――――ッッ!!」
そこらかしこから悲鳴の声が上がる集団。それでも確実に速度は上がった……が、それだけだった。
集団が逃げ切れる筈の無い距離。
リュポフの怒声が飛び、付け焼刃で訓練された者達によって即座に形成される陣形。それを形成している殆どが、決死の表情をしている。
殿、またの名を時間稼ぎ。
村の人達が走って市壁へと向かっている。ギルドの馬車が数人の子供とギルドマスターであるアドルフを無理矢理に乗せて、市壁へと向かって先行する。
何度目かのリュポフの怒声が聞こえてきた。
「敵の数は千五百! しばらく時間を稼いだのち離脱し、市壁へと向かう!!」
――嘘だ……軽く見積もっても五千は居るだろう。……と思いつつも、俺は口を堅く結んだ。空を飛んでいる敵影も、少なくは無い。
それは……誰もが気付いている事の筈だ。現に、村人達と一緒に市壁に向かって駆け出した冒険者だって何人かはいる。
「ハーロルト、お前は逃げなくて良かったのか?」
「勿論逃げるぜ? ……ただし、兄弟が逃げた後にな」
「ああそうか。それじゃあ、直ぐに逃げられそうだな」
「そいつぁ良かった」
「あーあ、やっぱりこうなるんだね。いつもの貧乏クジッ!」
既に目が見開いており、半分狂喜に入りかけているニコラ。覚悟を決めた男の顔で剣を構えるハーロルト。
それに合わせて俺がバスターソードを構えながら辺りを見渡してみれば、知っている顔が何人か居た。俺はそれに僅かな頼もしさを感じ、笑みを浮かべてしまう。
この場に居る俺の知り合いはリュポフ、腕自慢ことラルク。ラルクの仲間のトリステンを始めとした、トミー、アマーリア。
魔王軍の本体は、もうかなり近い。後少しで遠距離攻撃が飛び交う距離に入るだろう。
この短い時間で集団が何処まで逃げることが出来たのかが気になり、後ろへと振り向いてみれば……随分と遅れている影があった。
「ハーロルト、一つだけ頼んでいいか?」
「勿論。何でも言ってくれていいぜ」
「ニコラが抱えてた子供がさ、座っちまってるんだよ」
「…………」
黙り込むハーロルト。ここまでで、言いたい事が理解出来たのだろう。
「頼めるか?」
「おい兄弟、そりゃ無いぜ……」
「……頼むって……」
再度黙り込んだハーロルト。少し間を空けて、ハーロルトが口を開く。
「……兄弟も生きろよ!」
「当然だ」
涙を浮かべながらも、子供の方へと駆け出していったハーロルト。
ここからが……いや、今いる俺のこの場所が――最前線だ!!
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