第26話『俺のバスタードを汚せというのか』二

 湖を通り過ぎた集団は、薄暗い森の中を長蛇の列となって進んでいる。万が一不意を突かれ側面から攻撃されたのなら、かなりの死者が出るだろう。


「ヨウ君、後ろから盗賊の人が走ってきてる」


「……あの盗賊が帰ってきて、良い報告をした試しが無いな」


「あはは。でもあの人が居ないと、迎撃体勢も整えられないと思うよ?」


「……そうだな」


 軽い足運びで隣を通り過ぎようとしていた盗賊はこちらをチラリと見て……何故か足を止めた。


「なんだ、早くリュポフさんとギルマスに凶報を届けなくて良いのか?」


「おいおい、さっき俺の事は幸運を告げる青い鳥だって結論を出してたじゃねか」


 ワザとらしくそう言った盗賊風の冒険者に対し、俺は顔を顰めながら言葉を返した。


「青い鳥にしては、随分と格好が黒いんじゃないか? どちらかと言えば烏だ烏……というか、あの距離で聞こえてたのか?」


「へっ、俺は一流の盗賊だぜ? あの程度の距離」


 肩を竦めながらそう言った盗賊風の冒険者に対し、俺は小声で「すごいな……」と言ったのだが、その言葉を即座に取り下げるはめとなる。


「聞こえる訳無いだろ? ブラフだよブラフ。あんら剣の実力はあるみてぇだが、騙しやすそうな相手だ」


「……さっさと凶報を吐かせるか。確か、尋問の方法は……」


「ボクが指を一本ずつ引っこ抜く、ってのはどう?」


「それだ!」


 ――ニコラの演技力は高すぎて本気に聞こえるな……と思いながら盗賊風の冒険者のほうを見れば、盗賊風の冒険者もそう思ったのか、かなり慌てている。


「おいおいおい!『それだ!』じゃないっての!! そこは普通爪からだろ? ……ってそうじゃねぇ。あんたらが俺の事を見て話してたから、分かったってだけだぜ? 立ち止まったのは、一度話してみたかったって理由じゃ駄目か?」


「んー、チェンジ! あと五年若返って美少女になってから出直して来い」


「今の俺、全否定!?」


「……で、何の用だ? というか、その様子だと後ろは来てなかったのか?」


「俺の脚で行ける範囲にゃ、何も居なかったぜ」


 と、そこまで言った盗賊風の冒険者は真剣な顔つきとなり、数歩歩み寄ってきて……小声で話し出す。


「……おかしいと思わねえか? こんなちんけな集団を魔王軍は追い掛け回してよ……そこで、俺は気づいた訳よ。……魔王軍の奴等、俺達じゃなくてこの先の町を狙ってるんじゃねぇか? つまり、俺らはその偵察部隊と交戦してただけなんじゃねぇか? ってな。次に交戦するとすりゃ、五百じゃなくて五千の軍隊だぜ」


「…………あり得る、近くに他の町は無いのか?」


「とても村人の足がもたねえよ。……村人を見捨てねぇ限りはな。でも俺一人じゃ無理だ、他の町にも魔王軍が向かってるかもしれん。それに見ての通り戦闘は専門じゃないからよ、野良魔物にだって囲まれたら死んじまう。……どうだ? 俺と一緒に逃げねぇか?」


 声を潜めてそう言った盗賊風の冒険者の顔は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えない。それど同時に、盗賊風の冒険者が何故ここで足を止めたのかも分かってしまった。


 俺とニコラ、正確に言えばニコラの戦闘能力はこの中でも頭一つ分突き抜けている為、それを頼りにしての事だろう。


「…………」


「……どうするのヨウ君? ボクはキミの選択に従うけど」


 今この場で村人達の集団を見捨てたとしても、何事も起こらなければ村人は町まで辿り着ける。盗賊風の冒険者もそんなタイミングだからこそ、この話を切り出したのだろう。


 仮にこの依頼を達成したとして、どのくらいの報酬が出るの分からない上に、その報酬が今現在の危険に見合っているのかも定かじゃない。盗賊風の冒険者の選択は最も人間らしい選択であるが……その一方、最も人情の無い選択でもある。


「……俺は護衛を続ける。あと少しで町なんだろ? 報酬が惜しい」


「そっか。まぁ俺一人じゃ逃げ切れねぇだろうし、付き合うしかねぇか。ほんじゃ、リュポフさんに報告があっからな」


 そう言って、集団の前へと向かって歩き出した盗賊風の冒険者。それを見送り、辺りを警戒する仕事に戻ろうとした時……気づいた。


 ――僅かな腐臭。


 風は前から感じられ、こちらが風下となっている。つい先程まで一切していなかったその腐臭は、盗賊風の冒険者が前へと歩き出してから臭ってきたもの。


 如何考えてもその腐臭の発生源は、盗賊風の冒険者だ。


 その盗賊風の冒険者をよく観察ししてみれば――背中側、首の付け根辺りにぽっかりと空いた大きな穴。血こそ出ていないがそれは致命傷に見え、更にそこを見ていれば……穴の奥で何かが蠢いたような気がした。


「おい盗賊、随分と変わった香水を使ってるな!」


「んあ? 香水なんて使ってねぇぜ?」


 現在盗賊の居る位置は男冒険者、ハーロルト・ベットリヒの直ぐ前で、手を伸ばせば掴める位置だ。俺の言葉を聞いたハーロルトは数度鼻をひく付かせたかと思えば、思いっ切り顔を顰めた。


 ――間違いない。


「ハーロルト! 俺を信じて、今すぐにそいつを切れ――ッッ!!」


「あいよッ!」


「なにっ!?」


 素早く剣を引き抜き、盗賊風の冒険者に切りかかったハーロルト。驚きの声を上げながらも、回避をしようと横に動いた盗賊風の冒険者。


 盗賊の冒険者は背を浅く切り裂かれたのみたが……切り裂かれたその背中からは腐臭と同時に、巨大な赤白いワームの頭が顔を出した。


「パラサイトワーム!?」


 そんな驚きの声を上げながらも、再び盗賊風の冒険者に切りかかったハーロルト。……が、その攻撃は難なく回避されてしまう。


 それでも既に駆け出していたニコラがハーロルトの背後から飛び出し、盗賊の胴体を斜めに切断。中からは内臓などは一切出てこず、大小様々なパラサイトワームが十近く散らばった。


「おっ、いおい。ひでえな、これじゃもう――」


 上半身の胸から上のみしか無い筈の盗賊風の冒険者は平然としており、そのように言った。……が、ニコラの振り下ろしたクレイモアが頭部に命中し、完全に沈黙した。


 しかし、切断面から数匹のパラサイトワームを生やした下半身が立ち上がる。


「うっぷ……俺の一番苦手なタイプだな」


 と言いながらも駆け出していた俺は、飛び散ったワームを潰しているハーロルトやニコラ、騒ぎに気づいてやってきた冒険者を尻目に……逃げ出そうとしていた盗賊風の冒険者の下半身に切りかかる。やはり上半身が無いと体が安定しないのか、易々と切り裂く事に成功した。


 そこから飛び散ったパラサイトワームを切り捨て、踏み抜き、処理していく。当然足の裏には巨大な芋虫を踏み潰したような感触が広がり、俺は盛大に顔を顰めた。


 ……最悪の気分だ、と思いながらパラサイトワームを処理していると、一匹のパラサイトワームが飛び掛って来た。不意を突かれ、嫌悪感によって動きの鈍っていた俺の口に命中したパラサイトワームは……口を無理やりに抉じ開け、口内に侵入してきた。


 ――こ、このッ!!


 本当は実行したくなかったが、やらねばその後が恐い。俺は歯で思いっきりパラサイトワームを噛み千切った。


 バスターソードを投げ出し、噛み千切ったパラサイトワームの半身を引っ張り出す。そして口内に残っていた一部を吐き出した。


 口の中に広がるのは最悪の感触と、最悪の味。ドロドロとした気色悪い液体に、僅かに感じる酸味、えぐ味、苦味、土と錆鉄の味。


 吐きそうになるのをなんとか抑え、唾液を総動員してそれらを吐き出した。


 周囲を見渡してみれば既に上半身のパラサイトワームを処理し終えたニコラや、ハーロルト、そして他の冒険者が居る。俺たちは残り僅かとなっていたパラサイトワームを処理していく。


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