第25話『俺のバスタードを汚せというのか』一

 翌朝……日の光と食欲を促進させる料理の匂いによって、俺は目を覚ました。

 一度深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら体を起こす。


「……美味そうな匂いだ」


「あ、起きた? キミの分も出来てるよ」


「『も』?」


 差し出された木の器を受け取り、もう一方の手で顔を撫で下ろす。再度深く息を吸ってから辺りを見渡したが……思わず顔を顰めてしまう。


 そう、数え切れない程の人魚達に囲まれていたのだ。人魚達の囲いは俺とニコラを中心に形成されており、見事な人の足を生やした人魚たちが見える。


「おかわり」


「私も。おかわり」


「おかわり」


『『『おかわりっ!』』』


 ――う……煩い、と思いながらも俺は、巨大な中華鍋のようなもので白いシチューのようなものをかき混ぜているニコラを見た。ニコラは差し出された貝の器にどんどん料理を盛り付けており、受け取った人魚たちは嬉しそうだ。


「ヨウ君、何してるのか、って顔してるよ」


「……何してるんだ?」


「ほらっ、人魚達に払う報酬。ボクの料理だったでしょ? あ……ドラゴンのお肉、殆ど使っちゃったけど大丈夫だった?」


「……ああ、思い出した。全然問題無い。むしろ余ったら適当な人に配ってやってくれ。俺は……何故だか、すごく眠い。これを食べたら二度寝してもいいか?」


「ん、まあここは任せといてよ。今までで一番の大物を仕留めたからね。急激な成長の代償かも」


「……そうか」


 半分目を閉じながら、とてつもなく美味いシチューを、木の匙を使って食べていく。


 ――どうやって作ったんだこのシチュー……と思いながら、報酬についての話を思い出していく。そうだ……このニコラの料理パーティーは、俺の下半身を貸し出す代わりなのだ。


 人魚側にもそれなりの死者が出ている筈であり、それならば素材等は一切ケチらずに提供した方が良いだろう。むしろ報酬が料理というのは、とてつもなく安価な報酬なのではないだろうか。


 そこでようやく、シチューの材料の出所に思い至る。


 シチューの材料は向こうからの提供もあったのだろう……と納得し、早々に食べ終えた後、木の皿を適当な場所に置いて寝転がる。あと少しで眠りに落ちるというところだったのに……腕にしっとりとした感触を感じ、顔を顰めた。


 薄目でその場所を見れば……レラが、ひしっとへばりついていた。口元を見れば、僅かに白シチューが付いている。


 ――結局、この子に好かれた理由は良く分からなかったな……と思いながら、適当に口を開く。


「そっちにもかなりの死人を出したのに、俺の子種はやれなくて悪かったな」


「ううん、大丈夫。それに――――もう貰った」


「…………? ――――!?」


 既に落ちかけていた意識は瞬時に覚醒し、自分の腹部を撫でる動作をしているレラを見た後……自身の下半身を見て、際度レラを見る。そういった事をした記憶は、一切無い。


 ――寝ている隙に? いや、ニコラがそれを許す筈無い。そう思いながらニコラを見れば、ニコラがゆっくりと口を開いた。


「えっとね、人魚ってすごく特殊みたいで……その人の肉を食べる事でも、子供を得られるんだって」


「凄いな……とはいえ、俺は五体満足だぞ? ――まさか」


 そこまで言ったところで思い出し、森の方を見る。そう、俺は森の中で両足を切り落とされており、その肉の量はそこそこの量になる。


「……そう。美味しかった。誰かの下半身は、お姉ちゃんが食べた。…………戦いで死んだ人間は……食べてないから安心して。人間はそういうの気にするから」


「まぁ……良いか、切り落とされた足の使い道なんて無いしな」


「……キミ、ボクの居ない間に相当無茶したね? ……しかもそれが原因でボクが怖がられるって、すっごい理不尽」


「わ、悪い……」


 そこまで言ったところで体の力を抜き、今度こそ眠りに落ちていく。出発までにどれだけの時間があるのかは分からないが、それまでゆっくりと眠ろう……と心に決めた。


 周囲の話し声や作業音、焚き火の爆ぜる音、それから焼けている木の香り。それを僅かに感じながら……安らかな眠りに就く。


「レラちゃんだっけ、もしかして付いてくるの? ヨウ君はすぐに無茶するから、見ててくれる人がボク以外にも居ると助かるし、ボクは歓迎するよ?」


「本当は付いていきたい。……けど、水が無いと生きられないから無理」


「……そっか」



 ◆


 朝……体が揺れる振動を感じ、目を覚ました。眼前にはニコラの下乳……ではなく顎。


「……どういう体勢だ、これは?」


「あ、起きた? 移動の準備が終わっても起きないから、ボクがお姫様抱っこしてるよ」


「…………ありがとう。でも、可及的速やかに降ろしてくれ」


「準備が出来次第?」


「いや、今すぐにだッ!」


 一度お姫様抱っこをされていたリュポフの気持ちをなんとなく理解してしまい、羞恥心を感じて降ろすように言った。ニコラのお姫様抱っこから解放され自分で歩いてみると……また幾つかレベルを飛ばしたのか、体に入る力の違和感が凄まじい。


 酷いズレだ。ゲームだった頃にこういった事が無かったのは、なんらかの対策をされてたのだろう。


「別れの挨拶をし損ねたな」


「……ボクは、キミが寝ててくれて良かったと思ったよ?」


「何でまた」


 苦笑いを浮かべるニコラにそう聞けば、ニコラの顔は更に曇る。


「さっきの戦闘で、かなりの人が負傷したでしょ? 当然死人も出たし、動けない人も出た」


「……切り捨ててきたのか」


「……うん。泣きながら……置いてかないでくれ! って言ってた人も居た。ひどいと思う?」


「いや、仕方ない……って思うしかないだろ? それよりも今後だ。今残ってる護衛だと、次にあの数で襲われたら集団を見捨てて逃げない限り……全滅だ」


 そう言いながら辺りを見渡せば……護衛についている者は見える範囲には片手で数えられる人数しかおらず、元々の半分以下になっている事が分かる。その一人が視線に気づいたのか、こちらに歩いてきた。


「ヨウの旦那、本当にすげぇポーション使ってくれてありがとな。あのポーション一つでオレが百人、いや五百人は買える筈だ。本っ当にっ! 恩に着る」


「自分を過小評価しすぎだぞ。人の価値なんてのはな、見る人次第で千差万別するもんだ。お前にはあのポーション以上価値がある。使った俺が言ってるんだから間違いない」


「旦那ぁ……」


「……そもそも、お前がいなきゃドラゴンリザードの最初の振り下ろしで俺は死んでたんだぞ? こっちこそ感謝してる」


「へへっ、そう言って貰えるとオレも嬉しいぜ兄弟。ほんじゃ、町に着いたら酒を奢らせてもらうぜ、安酒だけどな!」


「せめて、店員に可愛い子が居るところを探してくれ」


「へっ、任せとけって。オレの名前はハーロルト・ベットリヒ! 名前こそ貴族名だけどよ、十三番目の子供で外に放り出されたから、浮浪者よりもマシ程度の生活をしてきた。だから今は唯の冒険者だ、気軽にハーちゃんって呼んでくれてもいいぜ」


 と、ハーロルトはそう言いながら手を振り、持ち場へと戻って行った。


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