第24話『眠る者と踊る者』三
「本当は取っておいて、売ったほうがいいのかもしれないんだけどね。割って止めを刺した方が経験値が多く貰えるみたいだし、しばらくは割る方向で良いんじゃないかな?」
「あ、あぁ」
「むぅ、生返事…………あ、あれ? もしかして――」
――まずい、と思いながらも震えは止められない。
「――ボクに、怯えてる……?」
……。
…………。
………………。
……………………。
何も答えられない。
人、いや動物という生き物は自分よりも圧倒的に上の生き物が現れた時、潜在的に恐怖してしまうものだ。物事を考える程に頭が無い筈の昆虫でも、人間を避けようとする生き物は多い。
それと同じで、ニコラに対しもて恐怖心を抱いてしまう。俺がろくにダメージを与える事も出来ず殺されかけた……いや、男冒険者やラルクが間に入っていなければ確実に殺されていた相手を、直接見てはいないものの……こんなにも短時間で、簡単に無力化してしまったのだ。
ゲームならステータスの差だ、レベルの差だと言って済ませる事が出来た。しかし、現実となってくるとやはり感じるものが違う。
そして気付いた。ギルド長が潜在的に恐怖していたものの正体に。
――ギルド長は、俺という鎖を失うという事に恐れていたのだ。
そう思いながら生唾を飲み込み、俺は自分を誤魔化すよう、震える手でニコラの着替えを取り出す。
「きっ、着替えてきた方がッ、良いんじゃないか?」
「…………」
ぶわり……とニコラの瞳から涙が溢れ出し、一歩こちらに近づいて来た。自然と一歩下がろうとする足を……何とか気力で抑え込み、踏ん張る。
ここで下がってしまえば、取り返しの付かない事になる気がした。取り返しの付かない心の傷を……ニコラに与えてしまう事と確信したからだ。
まだ濡れている体のまま、ニコラは抱きついてきた。力の入っていなかった手から着替えが落ち、地面に広がる。
「なんで、ボクに怯えてるのさぁ……グスンッ……ボクを、怖がらないでよぉ……グスッ…………何があっても、キミを傷付けたりしないからさぁ……!!」
「……分かってる……ああ、分かってるとも…………本当に、悪いと思ってる。もう少し強くなったら……ちゃんと、出来るから。それまで……こんな臆病な俺でも、我慢してくれるか……? ちゃんと強くなるから……体も、心も」
「……うん…………いっぱい、すっごくいっぱいっ、手伝うよ」
アイテム袋から取り出したフード付きマントをニコラに被せ……抱きしめた。ニコラが泣き止むまで、そして自身の震えが止まるまで……。
◆
日は完全に落ち、空は完全な星空となった。本来ならば直ぐにでも移動を開始しないといけないのだが……戦える人間の負傷者が多すぎて、この場での治療や休息を取らざるおえなかった。
俺も手伝い、冒険者や戦っていた村人の死体などは湖の底に沈めてもらって、そこで供養して貰う事になった。盗賊をかなり遠くまで出した結果が、何も見つからなかった……というのも大きいだろう。
パチリ、パチリ、と弾ける焚き火の前に、俺とニコラは座っていた。空気を読んだのか、レラは水色髪の人魚と一緒に湖の中へと戻っていく。
不思議な事に湖はうっとらと光っており、星の明かりや月明かりのおかげもあって、そこそこ視界が利く夜だ。
隣に座って俺の服の裾を摘んでいるニコラが、チラチラとこちらを見ているのを感じた。それに対し俺は、妙な感覚を感じてしまう。
俺はつい先程まで恐怖心を感じていたにも関わらず、今はその仕草を愛おしいと感じていたのだ。
圧倒的に強い存在が、本気で命令をすれば絶対的と言って良い程に従ってくれるという……。それが俺の嗜虐心を湧き上がらせ、それらを欲望のままにに発散しろと……何かが、呼びかけてくるような気がした。
――くそっ落ち着け、それじゃただの屑だ……と自分に言い聞かせ、その感情を抑え込む。
俺は代わりに、そっとニコラの頭を撫でた。
この少女は元々あったシステム的な愛情パラメーターがかなり高く、それでも俺の為に色々と抑えてくれている。
その好意を踏みにじって、俺がそんな事をする訳にはいかない。何時か来る、いや、来るかどうかも分からない平和と生活環境が整うまでは……この欲望も、抑えなければならない。
頭を撫でているとそれだけで「えへへ」、とはにかんだ笑顔を見せてくれる。その笑顔に優しく笑い返した俺は空を見上げ、星を見る。
知ってる星座はひとつも無いな、と思いながらも知っている星座はないかと探してみる。星の輝き方だけは地球から見た星々とあまり変わらず、静かな夜の雰囲気を醸し出していた。
「……月は一つ、か」
「ボクの世界の月は三つもあったからね。……ヨウ君の世界の月は、一つだったんだっけ?」
「……ああ、この世界の月の方が距離が近いのか、大きいけどな」
「キミは、大きい方が好き? それとも元の世界の小さいの?」
「なんだいきなり、胸の話か? それなら小さいのだぞ」
「キミってやつはぁ…………」
ニコラのジト目が俺に突き刺さる。それでもニコラは一度自身の胸を見て僅かに口角を上げ、座っている位置の距離を詰めた後に、一緒に星空を見上げ始めた。
一度辺りを見回し、話を切り出してみる。
「……異世界転生ならチート能力とか、欲しかったな……もしくは、ニコラの世界の俺と同じくらいのステータスとかさ。……それなら、肩を並べて戦えたのにな……」
「……キミは……もしボクとそのチート能力、どちらか片方を選べって言われたら……ごめん、やっぱ忘れて。これをここで聞くのはずるいよね」
「――当然――ッ!! お前を選ぶに決まってるだろ――ッッ!!」
俺は勢い良く立ち上がり、ニコラに向かってそう言う。当然だ、今まで冒険を共にしてきた仲間でありパートナーだと思っている相手と、能力。
どちらか片方を選べだなんて言われれば、当然ニコラを選ぶ。
それは今この瞬間に、その選択肢が降って湧いて出ても同じだ。……が、今この場でそれを言う事は出来ない。
何故なら俺は、この現実となったファンタジーの世界で、何度もニコラに恐怖心を感じてしまったからだ。とてもではないが、説得力が無い。
「…………」
「……ん、何と無く言いたい事が察せちゃった。ボクを怖がったから言いたい事、色々言えないんでしょ?」
「なんで分かった、エスパー鈴木か?」
「鈴木誰!? はぁ……長い付き合いなんだもん。どれだけの時間一緒に居たと思ってるのさ。きっと……隣に居た時間だけなら、ヨウ君の両親にも負けてないんじゃないかな?」
「……かもな。ログインしてる間は、基本ずっと傍に居たからな」
俺はゆっくりと、ニコラの隣に腰を下ろした。
「……ボクは大丈夫だよ…………キミに捨てられない限りはね。ただ…………今日だけは、キミが寝てる間、ヨウ君の体温を感じてたい」
俺が着ていたフード付きマントの中に、ニコラが入ってくる。首元を緩めてやれば、ニコラはそこから頭を出してきた。
「今すぐ襲いたい」
「…………ダーメ」
ゆっくりとした夜の時間が過ぎていく。
ただ、空気は冷たく、冬の空気だ。それこそ女子供の村人や、重傷を負った者が明日の朝凍り付いていないか心配する程に。
俺は成長痛などのステータス上昇と同時に、この世界に来てからずっと晒されていた寒さ抵抗スキル熟練度がかなり上がっているのを感じる。この夜の冷たい風の中、冷たい風や空気は感じてはいるのだが、それは凍える程では無くなっていた。
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