☆陽向

第55話 新月はどこへ行く

 モニターに映し出されるけいの姿は圧巻だ。ブランクなんて感じさせないダイナミックなトリック。自由で予測不能なその走りは健在だった。


「自由で予測不能なその走り、サイコーだな」


 誰に聞こえる訳でも無いのに声が零れる。


 もう一度お前の走りが見たかった。この世のありとあらゆることを諦めた俺に希望をくれた走り。それを最後に見ることが出来たから、満足だ。


 見てればわかる。「もう大丈夫だ」って言いたいんだろ、慧。今はスカイボードに乗れるから、走れるから。だから安心しろって。そう言ってるのが走りから伝わってくる。


「柊選手、フィニッシュです。気になるタイムとポイントは……タイム、十分三十二秒。ポイントは……九十九点。王者、完全復活です」


 スカイボードはタイムとポイントで競う。ポイントは複数の審査員の得点を平均したもので、百点満点だったかな。トリックの回数、難易度、完成度によって決まる。九十九点だなんて、慧以外には出せないだろうよ。


 タイムもポイントも申し分ない。慧に勝てる奴なんてそうそういない。慧はちゃんと走りきった、出し切った。俺ももう、心残りはない。


陽向ひなた?」


 俺の感じたことを察したのか、砂月が声をかける。その声に翔が反応して俺の方を見た。かと思えば、翔の目が大きく見開かれる。


「陽向、消えかけてね? 今までより透き通ってね?」


 周りの人に怪しまれないような小さな声で囁く翔。その意味がわからなくて、咄嗟に自分の手を見た。そして絶句する。


 今までは、透き通っていても実体が見える程度だった。それが今、実体が、俺の体が、消えかけてる。指先はもう感覚がない。


 ……ああ、そうか。慧の走りを見て、心残りが消えたんだ。やっと、あの世に行けるんだ。その時が来たのか。この世にいるはずのない俺が消えるタイミングが、やってきたんだ。


 慧、自分のために走れ。誰よりも自由に空を走れ。俺とお揃いの赤いステッカー。それと一緒にかわした約束、忘れるなよ。大丈夫、慧ならきっと、自分のために飛べるさ。今だって、一番楽しんでたのはお前だもんな。


 響、俺の代わりに慧を支えてくれ。あいつ、意外と脆いから。今なら響の前でも泣いたり出来るだろうし。それに、慧は響がいるから頑張れるみたいだからさ。


 砂月は……どっか行くんだよな、近いうちに。でも、いつか戻ってこい。砂月がどこに行っても、どんな存在になっても、慧達は待ってるから。砂月も俺達の幼馴染なんだ。ここが、砂月の帰ってくる場所だろ?


 翔には、辛い思いさせたな。正直、俺の心臓がそこまでお前に訴えかけてるとは思わなかった。そんだけ慧とスカイボードに未練があったんだろうな。


 翔のおかげで、慧はまた空を飛べた。俺もやり残したことをやれた。だから次は、お前のための人生を送ってくれ。俺の心臓に突き動かされて動いてただけだろ、お前。こう見えてそういう所、わかるんだ。一応お前のスペアだからな。


 慧も響も砂月も。俺と翔が別人だってわかって接してる。見た目は似てるけど、話し方とかもなんでか似てるけど、でも別人だ。だから翔は翔の人生を歩め。俺になんて囚われずに。じゃなきゃ、俺の助けた命が勿体ない。だろ、


「……もう、時間みたいだな。最後に慧の走り、見れてよかった」


 思ってた個々への思いは口になんてしない。どうせ砂月と翔にしか届かないし。最後に慧の前に姿を見せられたらよかったけど……それはさすがに無理そうだ。


「陽向、もう一回――」

「もういいよ、砂月。お前だってリスク背負ってんだろ? じゃなきゃ、一年以上も何もしない理由、説明出来ないし」

「でも……」

「砂月まで死んだらあのバカ猫がもっと泣く。守られた恩返しとか、慧には関係ないんだよ。俺も砂月も翔も響も。慧にとっちゃ大切な、自分の周りにある小さな世界なんだから」


 言わなくたってわかる。というか慧のバカがヒントくれてたから。だから、砂月と慧の間に何かがあるって知ってる。けどきっと、慧は特別扱いなんて望んでない。ただ、友達でいたいんだ、幼馴染でいたいんだ。それだけでいいんだよ。


「俺の伝えたい言葉は届いた。慧はちゃんと復活して、走りで想いを伝えてくれた。それだけで充分だ」


 手足の感覚が無くなっていく。もう、両腕も両足も、見えなくなっていた。体全てが消えるまであと少し。


 遠くから、慧が出番を終えて帰ってくるのが見える。清々しい顔しやがって。ゴーグル越しに見える慧は、自然な笑顔を見せている。それが少し嬉しくて。でも、そばにいれないことが悔しくて。


「お前達に会えてよかった。俺の人生は……無駄なものじゃ、なかった。短いけど、サイコーな……」


 声が出てこない。口を動かしても、砂月と翔にすら声が届かない。体はもう、首から下が消えている。このまま消えていく。神様ってやつがいるのならきっと、長い輪廻の果てにまた戻ってこれる。だからそれまで、仲良くしとけよ、お前達。


「あ、り、が、と」


 掠れ声を口から絞り出す。それを最後に、プツリと意識が途絶えた――。

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