第48話 心から離れない記憶

 俺が仲間に加わったのは、けいに誘われたからだ。最初は遠くから、スカイボードに乗る慧を見ているだけだった。いつしか慧にしつこく名前を聞かれ、誘われるがままに一緒に行動するようになって。


 あの頃から響は慧と一緒にいたな。慧の後ろに隠れて様子を伺ったり、慧の走りを地上から見ていたり。でも、直接関わったことはほとんどない。俺は基本的にいつも慧といたし、響は砂月とスカイボードのカスタマイズについて話してたし。なにより、慧の守りは尋常じゃなかった。


 響が何かを望めば、躊躇ためらわずにそれを叶える。響を笑わせるために進んで馬鹿やって、変な話し方して、明るく振舞って。響はそんな慧の隣に気がついたらいるんだ。幼馴染にしては近すぎる距離が、二人の当たり前だった。


「ねぇ、陽向ひなた。僕、響に告白したよ」


 うん、知ってる。その光景をすぐ側で見てたから。響の前で泣く姿も、負の感情を打ち明ける姿も、すぐ近くで見てたんだぜ。見えないから知らないだろうけど。


 俺が目の前に墜落したから、そのトラウマに苦しんでるってことも。響との会話で知った。悪かったな、慧。お前にトラウマを与えるために死んだわけじゃないんだ。そんなつもりはなかったんだ。


「……響さ、本当は陽向のことが好きだったんだ。陽向に声をかけたのも、響に頼まれてだった」

「響が? 俺の事を? 何言ってんだよ、慧。響は――」

「僕さ、響に好かれたくて、父ちゃんみたいになりたくて、スカイボードを始めたんだ。響とはずっと一緒だったからわかる」


 慧と響が幼馴染で、俺と出会う前から仲がいいのは知ってる。傍から見れば両想いのようにも、慧が片思いしてるようにも見えて。変わった関係だなと思ってた。


「今でも毎月、通院日を月命日に合わせて、陽向のために同じ花束を買うんだ。赤い薔薇九本の小さな花束。花言葉は『いつもあなたを想っています』」


 響が花言葉なんて意識しているかどうか。そもそも、なんでそんな花言葉をお前が知ってるんだよ、慧。花束より慧が花言葉について話してることの方が不自然だぞ。


「響に言われて気付いた。僕は響に、罪悪感でそばにいるって思わせてたんだ。そんなはずないのに。僕は今も昔も響が好きなのに」

「だろうな」

「陽向のこと、羨ましかった。響が自分から人に関わろうとしたの初めてだし。陽向に会って、響は少し明るくなったんだよ?」


 「羨ましい」だなんて笑わせる。俺は、人生の遠い先に死がある慧達が羨ましかった。もっと生きたかった。恋愛だの遊びだの、普通の人が楽しむ物事を堪能したかった。そんな俺の気持ちがお前にわかるか?


 どうせ長く生きられないならせめて、人の記憶に残らないように生きようとしたんだ。俺の記憶や思い出で誰かを苦しめるのが嫌だったから。落下地点に慧がいたのは想定外だった。俺の死がこんなにも爪痕を残すなんて、思ってもなかった。


「陽向、遠くから僕達のこと、見てるかな」

「いや、近くにいるから。慧のすぐ隣に立ってるからな?」

「響はどうやって陽向の死を乗り越えたんだろうね。僕は……すぐには乗りこえられそうにないよ。スカイボードに乗ればまだ、陽向の声が蘇るんだ」

「いや、響がどう乗り越えたとか知らないからな。死んだからって人の心を読めるようにわけじゃないんだよ。そもそも、俺はまだ幽霊としてここにいるからな?」


 聞こえるはずがないのについ、生前のノリで言葉を返してしまう。どんなに言葉を返したって、慧はそれに応えてくれないのに。俺の一方通行でしかないのに。


「翔って子に会ったよ。陽向によく似た、陽向の元になった子。で、話を聞いた。陽向はいつかは翔のために死んだって話も」


 知ってる。その場に俺もいた。初対面の翔を追い出した慧に、驚いたよ。俺の与えた心の傷はそんなに大きかったのかって。後悔した、死んだことを。


「あの日、陽向、僕を見て叫んだよね。『助けて』って。あの悲鳴の意味、今もわからないんだ。翔の話を聞いた今だから、余計に。どうしてあの日あの瞬間、僕を見て助けを求めたの?」


 知らない。死ぬ覚悟なんて物心ついたころから出来ているはずなのに、いざ死ぬって時になったら……口から「助けて」の声が零れてた。


 デザイナーベビーなんて、臓器移植のために作られて、本体のために死んでいく。本体によく似た容姿は拒絶反応を極力減らすためで、俺と翔はクローンの関係にあるから。それでも悔しい。


 俺と同じ容姿をした翔が慧のそばにいる。俺の代わりに慧や響の心を埋めていく。覚悟してきたはずなのに、いざ思い出が出来ると、その思い出が少なくなっていくのも他の誰かに変わるのも嫌になる。


「……陽向。僕も響も、砂月も。陽向のこと、忘れないよ。どんなに似てても、翔は陽向の代わりにはならないもん。翔は翔、陽向は陽向。陽向との思い出は、僕達が消させないから」


 俺と翔は違う。そう断言された瞬間、一気に視界が滲んだ。

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