第47話 放浪の少年
トーキョーの街はつまらない。あちこちに建てられた高層ビルはどれも似たような外見で。申し訳程度に植えられた木々は、その配置が整いすぎて気持ち悪い。造られたもの同士だからか、トーキョーの街並みはあまり好きじゃない。
コンクリートの森が支配する世界。公園も作られてはいるけど、思う存分遊べるスペースなんて限られていて。スカイボードは、同じ遊具しかない公園に飽きた俺達の希望だった。
スケボーを思わせる楕円形のデッキ。タイヤの代わりに付けられた四つのプロペラ。デッキの上に載せられた小型エンジンの特徴的な音とプロペラ音。そして空を飛んだ時に吹き付ける風。その全てが、造られた空間で生きる俺たちにとってかけがえのないものだ。
傾斜が緩やかな滑り台。どんなに漕いでも一定の高さまでしか上がらないブランコ。シーソーはゆっくりと動くから迫力がない。子供が怪我しないことを最優先に考えた、楽しめない遊具に飽き飽きしていたんだ。
あの日、初めてスカイボードで空を飛んだ。独特の浮遊感に胸が高鳴って、体に吹き付ける風が心地よくて。上手く飛べないことも、死ななきゃいけないことも、一瞬忘れられた。
初めて見た上空の景色は、綺麗だった。怖さも飛んでることも忘れるくらい綺麗で。あの景色は今でも覚えてる。
だけど、感動は長くは続かなかった。スカイボードの運転が下手な俺は、予定通りトリックに失敗して転落。死ぬ直前になって口から零れたのは「助けて」の声だった。
「また、花か」
事故現場を訪れるのは何度目だろう。慧の家を出た後は決まって、俺が転落した場所へと足が向く。見たって面白いものなんてないのに、行かないと気が済まない。今日もいつもと同じように、慧の家を出たら事故現場へと足を向けていた。
転落したのは慧の住む高層マンションからそう遠くない歩道。黒いアスファルトに覆われた歩道には、今日も多くの人が歩いてる。歩道の脇にあった電柱には、小さな花束が一つ、供えられている。
一年と少し前にここで人が転落死したなんて、誰も思わないだろうな。血の跡はもう綺麗に片付けられている。事故直後に広まっていた噂も今ではすっかり落ち着いたみたいで、この道を利用する人の数も昔と同じくらいまで回復した。
俺の事故を知ってる人は、今何人くらいいるんだろう。月命日になると毎月のように事故現場近くの電柱に小さな花束を供えてくれるのは誰だろう。事故現場を何度訪れても、律儀に月命日の度に花を供えてくれる人は見つけられないままだ。
慧と砂月じゃないと思う。あいつらに花を供える余裕はない。月命日の度に俺の写真を見て思い出にふけってるのは見た。この一年近くずっと傍で見守ってきたけど、俺の知る限り、慧と砂月が花を供えたのは俺が死んだ本当の命日だけだ。
「毎月毎月、律儀なもんだ。俺の事故なんてもう、慧達しか覚えてないのに」
花を供えてもらうのは嬉しい反面、複雑な気持ちでもある。だって花があるってことは、その人の中に俺との思い出を残したことになるから。死んだ奴との思い出なんて、辛いだけだもんな。
でも、やっぱりわからない。慧でも砂月でもないなら、誰が花を供えてるんだろう。翔は俺のことを最近まで知らなかったからまず有り得ないし。他に俺の命日を知ってる奴なんて……響くらいしか浮かばない。
響とはそんなに仲良かったわけじゃない。だからわざわざ花を供えたりなんてしないと思う。慧と砂月ばかり追いかけてたから盲点ではあるけれど。響のそばにはいつも慧がいた。そんなイメージしかない。
「……の馬鹿」
月命日に供えられた、真新しい赤い花束。死者に供えるには不相応なそれ。鮮やかな赤の近くで、聞き覚えのある声がする。
声変わり後にしてはちょっと高めの地声。だけど、キャラを作っている時より低いその声は、まぎれもない幼馴染の声で。思わず視線を花から声の方へと向ける。
「
淡い水色の髪をした、猫のような印象の少年が呟く。その額には、見覚えのある古いデザインのゴーグルが着いていた。二人して似たようなこと言うよな、お前と響って。だけど……慧の言葉がどうしてか胸に引っかかる。
慧を苦しめたことはわかる。響を苦しめたってどういうことだよ。どうして慧はこの赤い花束を知っているんだ。お前が供えたわけじゃないのに。……もしかして、月命日に花を供えているのは、響なのか?
一つの可能性に、今は無いはずの心臓がドクリと拍動した気がした――。
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