第44話 真実との出会い

 珍しい紫色の髪がエアコンの風に吹かれて揺れる。琥珀色の目は私の顔を直視したまま、瞬き一つしない。不思議そうに首を傾げた姿が、いなくなった幼馴染みたいでつい笑ってしまう。


「何がおかしいんだよ!」


 死んだはずの幼馴染によく似た姿の翔君は、私の態度が少し不満みたい。最初の頃は敬語を使っていたのに、最近じゃすっかり慣れたみたいで敬語が消えた。それだけなのに、翔君はまた一つ、陽向ひなた君に似てきた気がする。


 陽向君はいつだってちょっと生意気な口調で。よく、私とけいちゃんの関係をからかっていたっけ。何度聞かれても、私も慧ちゃんも顔を見合わせるばかりで何も答えられなかった。


「あ、陽向って奴絡みだな? 俺は俺なのに……。で、真面目な話。慧選手と響さんの雰囲気、ちょっと変わったなーって思うんだけど、何かあったのか?」

「変わった?」

「そう。前はもっとこう、二人の間に見えない壁みたいなのあったんだよ。今は二人とも穏やかでさ。慧選手もなんか嬉しそう」


 翔君はクローンじゃないかと思うほどに陽向君によく似てる。私だけじゃなくて、砂月君も慧ちゃんも同じことを思ってて。よく陽向君に似てることで私達にからかわれる。


 頭ではわかってるんだ。陽向君はもういない。翔君は陽向君に似てはいるけど別人で。だからこそ、時折見せる陽向君によく似た言動に、懐かしさと悲しみと嬉しさが入り交じった複雑な気持ちになる。


「うーん……秘密!」

「ええ! 俺、慧選手の弟子なんだけど? 慧選手が急にまともな話し方になってテンパってるの、俺と砂月さんなんだけど?」


 私の前で大泣きしたあの日を境に、慧ちゃんは変わった。翔君が違和感を覚えるほどに、変わった。何かが吹っ切れたみたいに、急に変わった。


 語尾に「にゃ」を付けなくなった。一人称は「僕ちん」から「僕」になって。声のトーンもわざとらしい高めの声から、アルトの地声に。そして、翔君に真正面から向き合うようになった。


 今まではどこかぎこちなかったんだ。翔君と陽向君をどうしても重ねてしまうのはきっと、今も変わらないと思う。だけど……スカイボードのトリックを、少しずつ翔君に教え始めた。これは、慧ちゃんにとっては大きな進歩だ。


 これまで慧ちゃんは翔君にトリックを教えたがらなかった。基本的な飛び方とメンテナンス、カスタマイズについてばかり教えていて。翔君がちょっと不満に思っていたこと、私は知ってる。


「慧選手が急にジャンプのコツとか教え始めたんだぜ? 信じられるか?」

「ずっとやりたがってたもんね、翔君。実戦的な練習はどう?」

「嬉しいけど、難易度すげー高い。ターンは軸がブレルし、ジャンプは着地に失敗するし。いきなり出来るわけないっての。屋内練習で床にマット引いてなかったら……大怪我するか死ぬかしてたな」


 慧ちゃんはスカイボードのトリック、全部初見で成功させたんだよね。なんとなくやってみたら成功して、アレンジ加えてみたら案外上手くいって。たった数ヶ月でスカイボードをマスターして、大会で優勝するようになった。


 経験年数の短さと多彩なトリック、予測不能な走り。まるでスカイボードをやるために生まれてきたみたいで。いつしか慧ちゃんは「空飛ぶ天才」なんて呼ばれるようになったんだ。たしか慧ちゃんが失敗したのは、私が左目を失明したあの時だけ。


 ……慧ちゃんのことは言わないでおこうかな。陽向君や翔君みたいに上手くいかないのが

普通だろうから。


 そういえば陽向君も同じように屋内練習から始めたっけ。陽向君もあまり上手い方じゃなくて、屋内練習でよくスカイボードから落ちてた。だから慧ちゃんは陽向君に空を飛ぶことを認めなかったんだよね。


 あれ。陽向君が死んだのって去年の夏だよね。あの時、陽向君はまだ上手くトリックが決められなくて。慧ちゃんが陽向君を空に行かせたがらなかった。


「響さん?」

「……ねぇ、翔君。翔君は、今すぐ空を飛びたいって思う?」

「思わない。だって、今空を飛んでも落ちて死ぬだろ? もっと上手くなってから空を飛ぶよ」


 多分それが普通なんだ。補助輪の外れない子はいきなり自転車で坂道を昇り降りしない。スカイボードだってそう。安定して飛べない間は、空を走ろうとしない。でも、もしそうならおかしいんだよね。


 陽向君はスカイボードから落ちて死んだ。だけどよく考えたら、陽向君は上手く飛べないんだ。落ちるのがわかっているのにスカイボードに乗る必要が無いよね。移動なら徒歩や自転車で出来るもの。


 陽向君はあの日、どうして上手く乗れないはずのスカイボードに乗って空を飛んでいたんだろう?


 安定して飛べないのにスカイボードに乗って空を飛んで、何がしたかったんだろう?


 そもそも陽向君はあの日、死ぬ危険を背負ってまで空を飛ぶ必要、あった?


 もしかしたら陽向君はあの日、死ぬためにスカイボードに乗っていた?


 一年以上気付かなかった違和感に気付いて背筋がゾッとする。陽向君の死を受け入れるのに一生懸命で見えなかった真実が、私の頭で警鐘を鳴らす。




――ねぇ、陽向君。あなたはどうしてあの日、スカイボードを使って死んだの?

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