第8話 不思議な出会い

 透き通った体をしているのって、なんだっけ。映画、映像、ホログラム……あと、ゴースト。ゴーストは科学的根拠はないけど、今の状況だと一番可能性が高い気がする。


 ゴーストかもしれないって思ってもあまり動じないのは、俺が狭い世界で生きてきたからなのかもしれない。最新のテクノロジーも、科学的根拠に基づく価値観とやらも、俺には縁がない。


 トーキョーの街や文化に馴染んだ奴らなら、オカルトな存在なんて信じないと思う。だけど俺は、それをすんなり受け入れることが出来る。透き通った体をした少年を見てもあまり動じなかったのは、病院で何度も似たような姿を見てきたからだと思うけど。


「名前、なんて言うんだ?」

「……赤兎馬せきとばしょう。あんたは?」

「……『透き通った兄ちゃん』ってことにしとけ」

「明らかに本名じゃないだろ、それ!」

「あと、あまり大きな声を出さない方がいいぜ。俺と話せる奴、俺の知る限りだとお前含めてしかいないからな」


 俺によく似たその人は、さも当たり前かのように告げた。寂しそうな笑みと何かを悟ったような眼差しが印象的で。目が合った時、心臓の鼓動が一段と強くなった。


 俺と同じ声。俺と同じ、珍しい紫色の髪。俺と同じ琥珀色の瞳。年齢も同じくらいで、一卵性の双子って言っても通用するように思う。俺に似たこの人は誰なんだ? 赤の他人には思えないけど。


 この人はきっと、生きてる人じゃない。生きてたら壁なんかすり抜けられないし、影が出るはずだから。こんな風に透き通った人、何度も病院で見てきた。遠いところに旅立った友達の病室にいた、友達そっくりの透き通った奴らと同じだ。だとしたらこの人は……。


「お前、何しに来たの?」


 名乗らない少年に尋ねられて言葉に詰まる。けい選手の姿を遠目で見て。懐かしいっていう感情に突き動かされてここまで来た。これを、赤の他人に言ってどこまで通じるだろう。


 心臓移植でドナーの記憶が移るなんて都市伝説はまだ証明されてない。当事者ならわかるだろうけど、それ以外の人に話したって「キチガイ」と思われるだけだ。


 ただ、違和感の正体を知りたくて、違和感を覚えた場所に向かって歩いてきた。けどそこに何か目的があるわけじゃなくて。俺はただ、何らかの理由をつけたいんだ。俺が知ってる、俺の知らないはずの記憶に、明確な理由が欲しいだけなんだ。


「……スカイボード、持ってんのか?」

「持ってはいるよ。柊慧モデルのを、全部。でも、乗ったことは無い。まだ、一人で上手くは乗れない」

「よく集められたな。あいつ、人気だから限定モデルすぐ完売するんだけど」

「フリマサイトってのを駆使して頑張った。両親も、やりたい事をさせてくれるし」


 不思議なことに、この名乗らない少年とは初対面なのに初めて会うようには思えない。ずっと昔から知っていたような、これまでずっと一緒にいたような、そんな感じがする。


 というか今この人、慧選手のことを「あいつ」って呼んだよな。間違いなく「あいつ」って言ってたよな。もしかしてこの人は、慧選手のことを知ってる?


「神様からの贈り物ってか?」

「贈り物ってなんだよ。というかあんた、慧選手の知り合いなのか?」


 ぼそりと呟かれた言葉につい、反応してしまう。そして、言葉を返すついでにと慧選手との関係を聞いてしまう。


 名乗らない少年のくせに、見てると心臓がうるさいんだ。初めて会うはずなのに見覚えがあるんだ。俺の心臓は確かに、この人のことを知っている。


「翔、だっけ。お前、慧に用があるの?」

「だったらなんだよ」

「慧なら、この店のオーナーが知ってるよ。……いや、ちょっと待て。店に入る前に俺と話さないか? どうせ慧は家に帰ってここにはいないし。話があるんだ」


 この人は何かを知ってるらしい。慧選手のことも、俺の容姿が名乗らない少年と瓜二つなことも。そして、俺がただスカイボードをやりにきたわけじゃないことも。それを知った上で、俺は首を縦に振る。遠くでカラスが虚しい鳴き声を上げた。

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