第7話 未知との遭遇

 聞き覚えのある声に、動かずにはいられなかった。声に誘われるがままに、高層マンション一階に作られたお店へと進む。足を動かしながらも頭は別のことを考えていた。


 さっきお店から出てきた客。淡い水色の髪をした少年だ。あの少年に見覚えがあるのに、すぐに名前が出てこない。実際に会うのは初めてだ。だけど、テレビで見た事がある。あの人だけは知ってる。


 心臓移植をしてからスカイボードが気になるようになって、テレビで競技映像を観るようになった。過去の映像には決まって、たった今遠目で見たあの人が出てくる。速さも技術も圧倒的なのに、どこか窮屈きゅうくつそうに飛ぶその姿にもどかしかったのを覚えてる。


 東日本が誇るスカイボードの天才、ひいらぎけい 。一年前、突如活動の一時休止を発表し、表舞台から姿を消したらしい。それでもこうして過去の偉業が紹介されるのは、彼に次ぐ選手がいないから。


「慧選手だ……今の、本物の慧選手じゃん!」


 スカイボードがやけに気になるようになったのは手術をしてからだ。俺の中の何かがスカイボードに反応する。スカイボードを求めている。そして……偶然病室で見た、過去の慧選手のプレイに惹かれた。テレビで見た、歴代選手のプレイ映像だ。


 誰よりも速く、華麗な走り。少し窮屈そうだけどミスのないプレイ。たった一度の走りに惹かれて、必死に過去の映像を探した。馬鹿みたいに慧選手と同じモデルのスカイボード関連グッズを集めた。


 テレビ越しで慧選手を見ると、胸の奥の方がザワザワする。会ったこともないのに「また会いたい」なんて思う。あの姿を知らないはずなのに、あの走りを生で見たことがないのに、俺はそれを知ってるんだ。


 いつしか慧選手に対して抱く奇妙な胸のざわめきに違和感を覚えるようになって。それの同じくらい、その走りに興奮して。スカイボードに乗るより先に、慧選手に憧れの感情を抱くようになった。


 何度も映像を見たんだ。その姿を見間違えるはずがない。実際に慧選手の姿を見て、抱いていた違和感が確信に変わる。きっと――。


「慧選手が、俺のやり残したことに関係してる?」


 思ったことを口に出してからゾッとした。俺は俺だ。他の誰でもないはずだ。なのにどうして、知らないはずの記憶に左右されているんだろう。やり残したことがあるのは俺じゃない。俺はただ、心臓のざわめきに従って動いているだけだ。



 初めて来る見慣れない街並みのはずなのに、なぜか俺は店への行き方を知っている。どこの街も大差ない風景なのに、この街のどこに行けば何があるのかを、俺はぼんやりと知っている。俺の中の誰かがそれを教えてくれる。


 規則正しく並んだコンクリートの森と、その中に申し訳程度に植えられた常緑樹。その数ある高層マンションの一つに、そのお店はあった。目立つ装飾をしているわけじゃなくて、いたってシンプルな外観。お店だと示すのは、入口に作られた看板だけ。


 スカイボード専門店「サンドムーン」。マンションの一階の一室を使って経営されている、個人経営のお店。初めて来るはずなのに懐かしく感じるのは、ドナーの記憶とやらのせいだろうか。


「……嘘だろ」


 お店に入ろうか迷っていると、声が聞こえた。声のした方向を見るとそこには、驚くべきことが起きていた。


 「サンドムーン」の外壁。それをすり抜けて外に出てきた人がいた。後ろの風景が分かるくらい透けた体で、青空の下にいるのに影を作らずに立ってる。明らかに普通じゃない人。……そもそもこれはなのかな。


 明らかに普通じゃない人が壁をすり抜けて外に出てきて、俺の方を見ている。それだけで済めばよかった。急に現れた人はおかしな容姿をしていたんだ。


 紫色の髪、琥珀色の瞳。その顔つきは、鏡で見る俺の顔にそっくりで。他人の空似なんて言葉で見逃すことが出来ない。これは、そんな次元じゃない。俺と瓜二つの人間が、透き通った体で目の前に立っている。


 心臓が高鳴る。本能的に感じ取った。この人は、俺に関係ある人で、俺の心臓にも関係ある人で。そして……ドナーの記憶に関係する人なんだって。早くなった鼓動が、ザワザワする胸が、俺に何かを訴えてくる。


「お前、名前は?」


 透き通った体の少年が俺に問いかけた。その声は、心臓の拍動とともに紡がれる、俺によく似た声と全く同じものだった――。

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