第41話 伝えたいことはただ一つ
サンドムーンから帰宅して真っ先にしたことは、リビングでロケットペンダントを眺めることだった。父ちゃんの遺品と向き合うのに自室を選ばなかったのは、なんとなく響にも見せたかったから。
砂月から貰ったロケットペンダントは、手に持つとずしりと重い。銀色の鎖に銀色のチャーム。楕円形のチャームを開けば、楕円形に切り抜かれた僕の写真がその姿を覗かせる。
幼かった僕は、眩しい笑顔を見せている。スカイボードを片手にピースサインをする過去の僕に恐怖の二文字はない。あの頃は怪我や死の恐怖なんて感じずに、ただ飛ぶことが楽しかったんだっけ。
父ちゃんが持ってた写真の僕はまだ、人を傷つける怖さを知らなくて。スカイボードで人を傷つけることになることも、スカイボードから落ちて人が死ぬことも知らない。先のことを考えない、ただの無邪気な子供だった。
「それがさっき話してた『お守り』? あ、昔の
家事を終えた響が僕の左隣に座ってロケットペンダントを覗き込む。左側から感じる生きてる人の温もりに、ちょっとだけ嬉しくなった。大丈夫、響は今日も生きてる。
左目の眼帯が痛々しくても、生きてる。生きて、僕の隣で笑顔を見せてくれる。それだけで幸せなんだ。僕はこれからもこの笑顔を、隣で見ていたい。
「どんなに探そうとしても見つからないはずだにゃ。父ちゃんが守ってた人が、これを托されていたんだから」
「慧ちゃんはそれ、身につけるの?」
「身につけたいけど……僕ちんの写真にご利益があるとは思えないにゃ」
響は砂月が父ちゃんに守られてトーキョーに来た人だって知ってる。砂月から今日渡された「お守り」についても、簡単にだけどスマホのメッセージでやりとりした。それでも、深く経緯を聞いてこないのはすごくありがたい。
「じゃあ、慧ちゃんは誰の写真を入れるの? 陽向君? 砂月君? ……それとも、おじさんとおばさんの写真?」
「野郎共の写真を入れたって嬉しくないにゃ。入れるなら響しかないのにゃ」
「わ、私? え、私?」
響が驚いた顔で言葉を返す。一瞬その意味がわからなくて、聞き返しそうになった。だけどすぐにその意味を理解して、過去の自分を呪う。
響と暮らすようになったのは、両親が死んでから。僕がまともに生活を送れるのか心配した響が提案して、僕の家に響が引っ越してきた。
いつの間にか響と一緒に暮らすのが当たり前になっていて。一緒に暮らす提案だって響からで。肝心な言葉を伝えていない。響からしてみれば、僕は……。
「慧ちゃん?」
「……当たり前にゃ」
「何が?」
「僕ちんが守りたいのは、響だけにゃ。守りたくない奴らの写真入れたって、お守りになんかならないにゃ」
僕の言葉に、響がぽかんとした顔をする。半開きになった口は閉じられないまま。眼帯に隠されていない右目が激しく左右に揺れ動く。
「ねぇ、慧ちゃん」
「どうしたにゃ?」
「……お願いだからもう、自分のために生きてください。私を守らなくていいから。左目のことだって慧ちゃんのせいなんて思ったことないから。だから、もう私との約束を守らなくていいんだよ?」
響から紡がれたのは、僕を思っての言葉。いや、僕のことを勘違いしてる言葉。
僕が響を守る理由、勘違いされてるんだ。響の左目を奪ったから、その償いで守ってる。そう思ってるんだ。僕の気持ち、少しも伝わってなかったんだ。なら、今伝えるしかないよね。
父ちゃんの真似で額に付けていたゴーグルを外す。そして、響の顔を真正面から見つめた。顔が熱い。でも、思ってるだけじゃきっと、一生伝わらない。「響に見合う男になるまで」なんて言ってられない。
「僕ちんは、響が好き。大好きにゃ。幼馴染としてじゃなくて、異性として好き。だから、守りたいって思うんだにゃ。約束を守るためなんかじゃないんだにゃ」
こんな時、猫語を使わずに思いを伝えられたなら楽なのに。こんな大事な場面でも猫語を外せないのは……嫌われくないからで、断られた時に冗談と言って逃げられるから。弱い自分が嫌になる。
「僕ちんの思いは叶わないって知ってるよ。響が好きなのは、あいつだもんね。僕ちんが響に見合う男じゃないって知ってる。それでも守りたいんだ。響のために、何かしたいんだよ。僕ちんは、響が笑うためならどんなことだってする」
響が僕をそういう目で見てないってわかってる。左目を奪った奴のこと、好きになる人なんかいないもん。僕は、響が誰と付き合ってもいい。それで響が笑っていられるなら、僕は響の人生を尊重する。
スカイボードを続けたのは、響が「飛んでほしい」って言ったから。僕は「飛ぶこと」しか出来なかったから。だからこそ思うんだ。
父ちゃんみたいに、守りたい人の写真をお守りにしたら、死にたくても死ねないかなって。響の写真を持ち歩けば、空も怖くない気がする。お守り程度で恐怖が和らぐなんて馬鹿馬鹿しいし、気休めかもしれない。それでもいい。きっと僕に必要なのは、他の誰でもない響の写真だ。
「父ちゃんが言ってた。『お守りは守りたい人の写真だから意味がある』って。だから、響の写真を入れたい。……罪悪感なんかじゃない。僕は響が好きだ。今も昔も、響を笑わせたくて、響を守りたいって思ってる」
響の返事はない。代わりに、僕の視界が一瞬で真っ暗になって。唇に温かく柔らかい何かが優しく触れた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます