第35話 それは一つの軌跡
僕と昴さんは、不気味に思えるくらいすんなりと森の中を移動することが出来た。二ヶ月かかると思われた移動時間は一ヶ月半で済んで、両親と別れてから三ヶ月後にはトーキョーで暮らし始めていた。
僕は皇族として、トーキョーの天皇の地位を継承するためにやってきた。だけど、今の皇居に暮らすことは身の危険がある。皇族内での天皇継承権をかけた争いが終結していないからだ。そのため、僕は皇族から離れた土地で、「京本砂月」としてスカイボード専門店を営みながら暮らすことになった。
スカイボード専門店はあくまでフェイク。生活費は皇族費として毎月一定金額振り込まれる。スカイボードのパーツが売れようが売れまいが、僕の生活にほとんど影響しない。それでもスカイボード専門店を営むことにしたのは、周りに怪しまれないため。
皇族と知られないように暮らすのが目的のはずだった。フェイクになればなんでもよかったのにスカイボード専門店を選んだのは、昴さんが勧めたからで、トーキョーの文明の中では数少ない僕が原理を知っているものだから。いつしかそれは、慧への償いと慧を喜ばすためになったけど。
移民として暮らす分には、僕の力を見せない限り大丈夫なはずだった。キョートの皇族の顔はあまり知られていない。トーキョーの皇族も、僕の顔をよく知らない。顔バレしていないのが幸いだった。
だけど生活が落ち着き始めた頃になって。両親と別れて三ヶ月後が経って、ついに運命の日が訪れる――。
☆
その日、僕は昴さんに連れられて近所の公園を訪れていた。噴水では絶えず水が循環し、ブランコやすべり台といった遊具が並んでいる。所々に配置されたベンチには老人が座っている。植えられた木々も噴水も、造られた自然だ。キョートでは考えられないくらい、木々の大きさが整い過ぎている。
作り物の自然に酔いそうになりながら、空いているベンチに座る。昴さんが僕の隣に腰掛けた。淡い水色の髪と額につけられたゴーグルが、太陽の光を柔らかく反射する。
「君に、謝らなければいけないことがあります」
「謝る? 何を?」
「……君のお父様もお母様も、トーキョーに来ることはありません。光も、トーキョーに帰ってくることはありません」
昴さんが淡々とした口調で紡いだのは、両親について。なのに、別れた日に覚悟をしていたからか、不思議と驚かない。なんとなくそうかなって思ってたから、一つだけ気になるのは、どうしてそう断言出来るのか、くらい。
「驚かないのですか?」
「予想、してたから。何があったのかは知りたいけどね」
「話しましょう。未来の天皇様が納得されるまで」
昴さんは優しそうで、それでいてどこか寂しそうな笑みを見せる。そして、何があったのかを僕に話してくれた。
森に入った時点で二手に別れることは決まっていた。別れた後、お父様とお母様と光さんは、少しでも僕が無事にトーキョーに着けるように行動を起こしたのだという。
トーキョーとキョートの境界にある森。そこには、街を追われた無法者や僕を殺そうと雇われた殺し屋、旅人に商人、様々な人がいる。そんな中で両親がしたのは、わざと見つかるように動くことだった。
僕に注意がいかないように、様々なことを試みたそうだ。森の木々を倒して注目を集めつつ、敵が僕のところに来るのを阻止する。出会った旅人や商人に、僕に関する嘘の目撃情報を流す。可能な限りの手を尽くしたのだという。
僕達が、不気味に思えるほどすんなりとトーキョーに来れたのは両親のおかげ。両親と光さんが出来る限りの援護をしてくれたおかげ。僕は、別れてからも両親に守られていたらしい。
そしてつい先日、昴さんの元に訃報が入ってきた。光さんと両親は、境界にある森で遺体として発見された。遺体はほとんど原形をとどめていなかったみたいで、個人を特定するのに時間がかかったらしい。
死因は外傷によるもの。でも、あまりにも傷が多すぎて、どれが直接の死因かまでは特定出来なかったそうだ。死んだのは僕がトーキョーに入ってから数日後。トーキョーの関所の近くで発見されたそうだ。両親の胃からは、僕と三人で撮った家族写真が中途半端に消化された状態で出てきたらしい。
「きっと、最後まで抵抗したのでしょう。あなたの存在を示す写真を飲み込んだのは、あなたの情報を守るため。拷問の跡もあったそうです。誰かがあなたの情報を得ようとして行ったのでしょうね」
僕のことを狙う誰かが、少しでも僕を知ろうとして。けれど何の情報も得られなかったんだろう。今、こうして僕は生きている。今日まで、僕のことを狙う人はいなかった。それが何よりの証拠だ。
「でも、あの言葉は嘘ではなかったんです。あなたがトーキョーに来たら、三人もトーキョーを目指す。そういう予定でしたから」
そういう予定、か。きっとお父様もお母様も、無法地帯である森に長期間滞在すればどうなるかわかっていたんだろうな。だから、トーキョーに来ることを断言しなかった。そういうことなんだろう。
大きめのマフラーは、僕が大きくなっても身につけられるように。短刀は、僕が自分の身を守れるように。いつ何が起きてもいいように、両親はとっくの昔に覚悟をしてたんだ。
昴さんに言葉を返そうと顔を上げる。淡い水色の髪が視界に入ると、少し複雑な気持ちになる。その首には、大切にしているらしいロケットペンダントがかけられている。
「大丈夫だよ。マフラーと短刀を貰った時に、何となく察してたから。覚悟も、してたから」
「君は割り切っているのですね」
「そうしなきゃ、生きられなかったか――」
「危ない!」
僕の言葉を遮る昴さんの声。それと同時に、鮮血が舞った――。
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