第33話 小さな決意

 今でこそ「京本砂月」なんて名乗っているけど、それは本当の名前じゃない。本来、僕にも僕の一族にも、苗字の類は存在しないんだ。苗字の代わりにがある。


 僕の宮号は「久我宮こがのみや」だ。本名は「久我宮砂月」。キョートの昔の地名から与えられた宮号だ。そしてこの宮号が、僕と両親を苦しめる。


 日本は西と東に分かれていて、西の首都はキョート、東の首都はトーキョーだ。日本が二つに分かれるにあたって、皇族も二つに分かれた。僕が生まれたのは、キョートの象徴である方の皇族だった。そしてそのことが、全ての運命を狂わせる……。



 あれは何年前のことだろう。物心がついて少しした頃だろうか。キョートの方の皇族で、天皇の地位に就ける男児がいなくなったらしい。そんな時に目をつけられたのが、僕だった。


 父親はキョートの皇族だけど、母親はトーキョーの皇族。どんな縁かは知らないけど、結ばれた二人。その子である僕は幸か不幸か、トーキョーの皇族とキョートの皇族、両方の血を継いでいる。


 トーキョーの皇族には男児が足りないけれど、キョートの皇族にはそれなりに男児がいる。キョートでの僕の皇位継承順位は低い。そんな僕だからこそ、変な話が出た。


「トーキョーの皇族として、トーキョーで暮らしてほしい」


 本来、キョートとトーキョーでは同じ皇族でも血筋が違う。けれど僕は両方の血を継いでいるから、どちらの血族でもある。それが、最大の要因だったと思う。


 それが、僕がキョートからトーキョーへ移動することになった理由だ。そしてこの移動が、様々な悲劇を巻き起こす。


 まず、キョートとトーキョーを移動するのは簡単なことじゃない。日本が東西で二つに分かれている現在、東西を繋ぐ輸送路は無いに等しかった。移動するなら、徒歩か空飛ぶ車を使うしかない。スカイボードで飛ぶには距離が遠すぎる。そんな状況だ。


 昔はそうでもなかったらしいけど、今は東西の境界での警備が厳しい。皇族とはいえ、下手に空飛ぶ車に乗れば撃ち落とされる危険がある。そんな経緯から、僕と両親は護衛官と共に徒歩でトーキョーへと移動することになった。


 トーキョーは今、皇族同士で派閥が出来ているらしい。女性の跡継ぎでもどうにか天皇になれないか、婿養子ではダメなのか、なるとしたら継承順位が高いのは誰か。皇族の血を引く女性達は他人を蹴落としてでも天皇になろうとしているらしい。


 下手に僕が皇族の住居で暮らせば、間違いなく皇族の争いに巻き込まれる。命を狙われることもあるだろう。無事にトーキョーへ移動させてくれるかもわからない。


「それでも、どうしても行かなきゃダメなん?」

「ごめんね。でも、トーキョーとキョート、二人の天皇が決めたことなのよ」

「せやかて、僕、向いてへんよ。こっちの暮らしに染まっとるわ。あっちのせかせかしとるのも、わけわからん技術も、慣れんよ」

「大丈夫よ。お母さんもすぐに慣れたから。お母さんに出来たんだから、砂月にも出来る」


 トーキョーは異世界と同義だ。高層ビルが立ち並び、様々な技術が生活に浸透している。生活リズムはキョートより速いし、住民は心に余裕がないって聞いてる。


 僕にわかる機械なんて、スカイボードと空飛ぶ車とパソコンくらい。自然の中に身を置いてのんびりと暮らす、キョートの生活リズムに馴染んでる。トーキョーの言葉も苦手で、キョートの言葉が残ってる。


 どんなに不安を訴えても、決定は揺らがない。僕に選択肢はない。求められるのは、少しでも早くトーキョーに馴染み、生き残る術を学ぶこと。


「……立派に務めを果たせるよう、精一杯頑張ります」


 五歳の時、僕は覚悟を決めた。トーキョーに行くための準備として様々な座学を身につけ、トーキョーの言葉を違和感なく話せるようになることを誓った。


 その過程で出会ったのが、昴さんだ。トーキョー出身の護衛官であり、僕にトーキョーの言葉を教える教師でもある。


「小さな未来の天皇様。調子はいかがですか?」


 幼い僕なんかに丁寧な言葉を使って、礼儀正しい態度をする。そんな昴さんが、僕は大好きだった。昴さんだけが僕の苦悩を理解してくれたから。

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