第32話 隠してきたアクセサリー

 神様はいつだって意地悪だ。死んだはずの陽向ひなたの姿を僕に見せて、翔君という名の陽向によく似た子供に出会わせて。そして、僕とけいの関係をどんどん複雑にしていく。


 僕がキョートからトーキョーに来たことも、その過程で起きた出来事も。僕の身に起た全ての出来事が、慧との間に溝を作る。神様が本当にいるのなら、僕達に何を望んでいるんだろう。




 目の前には見慣れた姿がある。淡い水色の髪は僕の前で揺れる。金色の瞳は足元に釘付けだ。スカイボードを片手にやってきた幼馴染――慧は、床に散らばったそれを見て、動揺していた。


 慧の足元に落ちたのは、銀色のロケットペンダント。不運にも、ロケットペンダントは落下の衝撃で蓋が開いてしまった。金属製の入れ物から顔を覗かせるのは、幼い慧の写真。


 僕が持っているはずのないそれに、慧の顔が新聞紙のようにクシャクシャになる。僕達が出会ったのは、僕が十一歳、慧が九歳の時。そして僕と入れ替わるように、慧の両親が殉職した。


 慧の手がロケットペンダントの鎖を摘む。少し変色して一部が折れ曲がった写真がひらひらと床に落ちる。慧はその写真も拾い上げた。そして、困惑した顔で僕を見る。


「なに、これ。なんで、僕ちんの写真を砂月が持ってるの?」


 そうなるよね。そのロケットペンダントは本来、昴さん――慧のお父様が持っていたものだから。こんなタイミンクで打ち明けるはずじゃなかったんだけどな。


 狭い店内には僕と慧しかいない。今日は休業日で、慧は店舗兼住居のこの店に遊びに来た。そして、スカイボードを片手に店にやってきた慧の前で、事件が起きた。


 いつも首に身につけていた深緑色のマフラー。長年使っているせいか糸がほつれて少しヘナっとした、手編みのマフラーだ。これを季節に関係なく身につけているのは、マフラーも大切な思い出の品だから。


 マフラーの下に隠してあったロケットペンダントの鎖がちぎれて、床に落ちた。鎖の劣化やロケット本体の劣化もあると思う。床に落ちたペンダントの鎖は、金具が緩んでいたから。


 僕が身につけていたものが慧の幼い頃の写真だなんて、信じられないよね。僕は、トーキョーに来るまで慧のことを知らないはずなんだから。昔の慧の写真を持っていることも、それを身につけていることも、おかしい。


「これ、父ちゃんの、だよね」


 どうやら慧はこのロケットペンダントに見覚えがあるらしい。その通り。昴さんの所持品だよ。経緯はちょっとややこしいけど。


「砂月がキョートから来たことも、父ちゃんに守られて来たことも知ってる。けど……このペンダントのことは、聞いてない」


 そりゃそうだ。だって、隠してきたからね。昴さんに托されてから今日までずっと、このロケットペンダントの存在を隠し続けてきた。


 ロケットペンダントも紙媒体の写真も、技術の発達したトーキョーでは旧時代の遺物でしかない。所持しているのを見つかれば、没収されかねない。没収されるくらいなら、僕は身内である慧からもこのペンダントを隠す。


「ねぇ、砂月。僕にわかるように説明してよ」


 慧がふざけた口調をやめる。ヘラヘラ笑っていたはずの慧は今、真顔だった。僕の眼前にロケットペンダントを突きつけて、少し声を荒らげて問う。


 今こそ、全てをうちあける時なのかもしれない。僕が何者なのかも、どうしてトーキョーに来たのかも、昴さんからの伝言も。


 慧には全てを知る権利がある。それをこれまで伝えなかったのは、僕が過去に向き合えなかったから。慧のお父様――昴さんの仕事が特殊だったから。


 この時が来たらどう話を切り出すか、ずっと前から決めてた。慧に嫌われるかもしれない。僕のことを恨むかもしれない。それでも、僕は昴さんの代わりに伝えなきゃいけないんだ。


 床に正座して、そのまま頭を床に付ける。上目遣いで見る慧の体は、これまで思っていたより大きく恐ろしいものに見える。この体勢で息を吸って、息に声を乗せる。


「ごめんなさい。慧の、両親を殺したのは、僕です」


 アナログ時計の奏でる針の音が妙にはっきり聞こえる。僕の声に、慧は返事をしない。無言のまま、ただ時間だけが過ぎていく……。


「……それ、どういうこと?」


 ようやく発せられた慧の声は、か細く震えていた。

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