第7章 砂の月は十字架を背負う

☆砂月

第31話 君に言えないこと

 現代では珍しい天然の森が、西と東の境界にある。群生する常緑樹は身を隠すのに最適だ。そして、キョートからトーキョーに移る上で、一番の難所でもある。


 キョートからトーキョーへ移りたがる人は多い。キョートは今、治安が悪化している。日本の西と東が分断してからは、ずっとこんな感じだ。治安のいい東へ移るには自力で長距離を移動するか、その手の専門を頼るしかない。


 僕が生まれたのは、まだ旧時代――高層ビル群がそびえ立つ前の街並みを残す古都キョートだった。そんな僕は、家族で西から東への大移動をしていた。


 僕達を先導するのはネイビーの軍服に身を包む男女二人組。二人の手にはいつでも飛べるようにとスカイボードが用意されていて、その腰には護衛用の銃が二丁ぶら下がっている。


 男性の方はけいと同じ、淡い水色の髪に金色の瞳をしていた。慧より縦長のシャープな顔には、優しい笑みが浮かぶ。慧とお揃いのゴーグルが、その額で太陽光を反射している。


 女性の方は黒髪に黒い瞳という、髪色や目の色を選べる現代人らしくない容姿。猫みたいな顔をしていて、クシャッと笑った姿が慧によく似ている。


 この男女二人組は、慧の両親だ。二人して大切そうに、慧の写真を入れたロケットペンダントをぶら下げて。ロケットペンダントなんていう旧時代の遺物の方が、慧の存在を身近に感じられるんだと話していたっけ。


「ここから二手に分かれましょう。砂月様は僕と一緒に。お二方はそちらの光と一緒に。今晩から分かれて移動し、別々の経路でトーキョーを目指します」


 昴さん――慧のお父様の言葉が今でも頭に過ぎる。



 陽向も翔君もいなくなった店内で一人、事務室で簡単な食事をとる。質素な携帯食を無理やり飲み込んで、寝袋に入れば僕の就寝準備は完了する。便利になった今でも、こうする方が落ち着くんだ。


 枕元にはいつだって、すぐ逃げられるように必要最低限の荷物をまとめてある。その荷物を念のためにとスカイボードのパーツで隠して、現代人の象徴であるノートパソコンをその脇に置く。


 すぐ逃げられるようにしてしまうのは、昔からの癖。荷物を隠して、別の荷物が本命であるかのように見せかける。これまでそうやって生きてきた。キョートからトーキョーに逃げ延びることが出来たのは、こういう些細なことを続けたからだと思う。


 僕の胸元にはいつだって、ロケットペンダントがぶら下がっている。ペンダントを隠すように、その上から使い古した深緑色のマフラーを乗せている。こうすれば皆、ペンダントにまでは目がいかないから。


 ロケットペンダントを開けば、そこには見慣れたあいつの写真が一枚収まっている。電子媒体じゃなくて紙媒体の写真。それはトーキョーではほとんど見かけない、旧時代の遺物の一つ。トーキョーでは、紙媒体の写真なんて持ち歩いてたら怪しまれてしまう。


 紙媒体の写真には、淡い水色の髪に金色の目をした少年がいる。楽しそうに歯を見せて笑う彼の手には、子供用のスカイボードが一つ。まだ額にゴーグルはない。


「ごめんね、昴さん。今日も慧にこれを返せなかったよ」


 ロケットペンダントに収められた写真。その中で笑っていたのは、幼い頃の――僕に出会う前の慧。今より眩しいその笑顔に負の感情はない。


 このロケットペンダントは昴さんから預かった物だ。お守り代わりにこれを僕に托して。昴さんは僕の目の前で死んでいった。


 ねぇ、慧。きっと君は知らないよね、ご両親の最期の姿を。そして君にはきっと、その全てを知る権利がある。それを知っていて話せないのは、僕が弱いから。


『君が無事に生きられるように。このお守りをあげましょう。気休めかもしれませんが、きっと君を守ってくれます』


 息子の写真を入れた、ただのロケットペンダント。そのことを「お守り」と言っていつも持ち歩いていた昴さん。最期に僕に托してくれたけど、これは本当なら慧が持つべきものだ。


 慧。僕は君に何から話すべきなんだろう。話すべきことが多すぎて、どこから話していいのかわからない。でも全てを話す時、最初に言うべきことは決まってる。


「ごめんなさい。慧の、両親を殺したのは、僕です」


 この言葉以外に、事実を端的に示す言葉を僕は知らない――。

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