第30話 予期せぬ反応
俺が心臓病じゃなかったら、
ずっと言いたくて言えなかったその言葉に、
「そうかなって……なんとなく感じてたよ」
やっとの思いで吐き出された慧選手の言葉は、予想の遥か上空を飛んでいく。
「デザイナーベビーとかいうやつ、なのかな。陽向の臓器を移植した、とか?」
慧選手の口から零れた、俺と陽向の関係を示す言葉。想定外の発言に、返す言葉が見つからなかった。だって慧選手は、陽向の死を乗り越えてないって聞いてたから。
俺の反応を予想してたんだろう。慧選手の顔が寂しそうに笑う。そして、すぐに真顔になった。これまでの慧選手が見せていなかった、ヘラヘラしていない姿に動揺を隠せない。
「僕ちんだってただのバカじゃないんだよ? 陽向が研究所に住んでることくらい、知ってたにゃ」
「嘘!」
「家の場所をなかなか教えてくれないから……スカイボードでこっそり尾行しちゃったにゃ」
聞いてた話とだいぶ違う。どういうことだよ。慧選手には見えない陽向を睨みつけると、陽向も困ったように首を左右に振る。
「……俺の事、嫌になったよな。ムカつくよな。いいんだぜ、追い出しても。いいんだぜ、俺に怒りをぶつけても。だって陽向の人生は……全部俺のせいだから」
「ぶつけないよ、僕の感情を君には」
慧選手の口調が急に変わる。語尾の「にゃ」が消えて、一人称が「僕ちん」から「僕」になって。声のトーンもさっきまでより少し低い。
「僕は、誰よりも知ってる。どうにもならない事故はあるって。僕はその加害者にも遺族にもなったから」
「え?」
「憎しみは、何も生まない。それに……陽向は、翔がいなかったら存在しなかったから。スカイボードに乗れないのは、陽向のことだけじゃなくて、僕の問題だから」
予想していなかった慧選手の反応に、思わず面食らう。普通、憎むだろ、俺のこと。俺のせいで幼馴染の人生が狂わされたんだぜ。なんで慧選手は、こんなに冷静でいられるんだろう。
「僕が飛べない本当の理由、知ってる?」
慧選手の言葉に、静かに首を左右に振る。陽向の死が原因だと思っていたし、砂月さんも響さんも、きっと陽向自身も、同じことを思ってる。陽向の死以外に、どんな理由があるんだろう。
「だよね。だって、誰にも話してもん」
「陽向の死が原因だって、思ってた」
「うーん。合ってるようで、ちょっと違うかな。それだけじゃないんだよね」
「誰にも話していない」と笑って話す慧選手は、少し無理しているように見える。陽向の言っていたように、慧選手は今、自由には飛んでいないのかもしれない。
「怖いんだよ、周りの誰かが死ぬのも、僕が他の誰かを巻き込むのも」
「巻き込む?」
「スカイボードに乗る度に聞こえるんだ。あの日の陽向の『助けて』って声が。それに、僕は昔、トリックに失敗して響を怪我させてる。今度は人を殺すんじゃないかって、怖くなる。……陽向が死んだのをきっかけに、臆病になったんだ。誰かを死なせたくなくて、陽向の声が頭から離れなくて、そして……飛ぶのが怖い」
慧選手の言葉に一瞬耳を疑った。スカイボードは空をスカイボードで自由に滑走して、そのタイムとトリックを競う競技だ。なのにそのプレイヤーである慧選手が「怖い」だなんて、信じられない。
「人は呆気なく死ぬんだ。陽向だけじゃない。父ちゃんも母ちゃんも、きっと響や砂月も。だからこそ、怖いんだよ。次にトリックに失敗して落ちるのは僕かもしれない。僕がいなくなった後、響はどうなるんだろう。そればかりが頭の中をグルグルするんだ」
それはきっと、響さんが死ぬのを見たくないだけ。慧選手が本当に怖いのは、飛ぶことでも陽向のことでもなくて、響さんを不幸にすることなんだと思う。慧選手がこれまで何のために飛んでいたのか、陽向がどうして「自由」を強調していたのか。今ならちょっとわかる。
慧選手は響さんのためだけに飛んできたんだ。きっかけは違うかもしれないけど、いつからか自分のためじゃなくて響さんのために飛んでいたんだ。陽向の死で何より恐れたのは、響さんの死なんだ。
陽向と響さんと砂月さんは慧選手と幼馴染で。響さんと慧選手が一番古い仲。そこに陽向が、慧選手に引っ張られて輪に入って。最後にどんな理由かはわからないけど砂月さんが入って。
どんなに陽向に似てても、断片的に
「慧選手は、なんのために飛んでるの?」
「響のためだにゃ」
「……陽向ならきっとこう言うよ。『自分のために飛べよ。ステッカーの意味を思い出せ』」
陽向が俺にしか聞こえない声で告げたのと同じ言葉を、俺の言葉として慧選手に伝える。その言葉に、慧選手が口をぽかんと開けた。
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