第28話 罪悪感を携えて
ずっと、外の世界に出たかった。狭くて息苦しい病室から出たかった。でも、それだけしか望まなかったから……その願いが叶った今、何をしたいのかわからない。
スカイボードに憧れた。病室のテレビで観る
慧選手は憧れだった。華麗に空を飛ぶ慧選手が羨ましかった。俺も、
「スカイボードがやりたい。慧選手の走りを生で見たい。これは、ドナーとか関係ない俺の意思だ」
「それは、本心からか?」
「当たり前だろ!」
「本当にお前の意思か? 懐かしいからとか、そんな理由じゃなくて?」
陽向が何度も問いかける。スカイボードに惹かれて、憧れて、ここまでやってきた。リハビリだって頑張った。でもそこに陽向の意思なんて入ってない。
慧選手に会った時、響さんに会った時、懐かしいって思った。スカイボードに初めて乗った時、前にも乗ったことがあるような気がした。だけど……陽向の記憶とか関係なく、俺はスカイボードが好きなんだ。
「……慧さ。アクセルボタンを押して宙に浮くことも出来ないんだ」
俺の表情で答えを感じ取ったのか、急に話題を変える陽向。その近くで、砂月さんが小さく頷いている。
「プロペラ音にびっくりして、アクセルから手を離す。トリックを決めるどころか、宙に浮くことも出来ない。俺の死をきっかけに、あいつは壊れちまったんだよ」
慧選手がアクセルから手を離す。その光景は、俺にはイメージ出来ない。俺は、リビングでヘラヘラと笑いながら思い出話をする慧選手しか知らないから。
「それでもいいのか? スカイボードの弟子入りなら、他にもいいやつがいる。それでも、今は飛べない慧に弟子入りするのか?」
「どういうこと?」
「あのバカは今、飛べない。慧とこの店のことは教えたけど……本当にスカイボードをやりたいなら、無理に巻き込まれなくてもいいんだぜ?」
陽向の言葉に、初めて陽向を見た時のことが浮かぶ。一週間くらい前に、この店の前で出会った時のこと。
あの日、俺は偶然、初めて通るはずなのに懐かしく感じる道を見つけた。不思議な感情に導かれるままに歩いて辿り着いたのがここ、サンドムーンだったんだ。そしてサンドムーンの前を通りがかった時に偶然、陽向に会った。
お店の外壁をすり抜けて出てきた、透き通った体をした俺そっくりの人。一目見た瞬間に「この人は生きてない」ってわかった。互いに何か思うことがあったのか、しばらく見つめあっていたっけ。
「……この店に用か?」
「なんかこの辺りの道を歩いていたら、初めてのはずなのに懐かしく感じちゃって。俺、慧選手みたいになるためにってスカイボードのお店探してたはずなのに」
「ここ、一応スカイボード専門店だぞ。慧選手御用達の、な」
陽向が教えてくれたのはサンドムーンが慧選手の行きつけであることだけだった。そこからどうしてか砂月さんから響さんに連絡がいって、実際に慧選手に会うことになって。
俺の顔を見るなり困惑した慧選手を、今でも覚えてる。慧選手の近くで、陽向が困ったように俺に頭を下げて。陽向が慧選手の混乱に絡んでるんだって、なんとなく察した。
それを踏まえての、陽向の言葉なんだと思う。今なら逃げられる。無理に慧に関わる必要は無い。スカイボードをやりたいだけなら他に行け。そう、言いたいんだよね、陽向。
「罪悪感だけなら、やめとけ。今ならまだ――」
「答えなら最初から決まってるよ。俺は……」
陽向に対して罪悪感があるのは本当。慧選手、響さん、砂月さんに対してもある。それでも、いや、そんなだからこそ、俺の答えは最初から決まってる。
こんな所で引き返せって、無理だろ。陽向と砂月さんがどんな意図で俺を呼んだのかは知らないけど、これだけは言える。慧選手に惹かれたのは罪悪感からじゃなくて、俺自身の意思だって。
スカイボードをやるのにドナーの記憶も罪悪感も関係ないんだよ。俺はただ、もう一度慧選手のあの走りを見たい。理由なんて、それだけで十分だろ?
大きく息を吸って、意志を伴う言葉として声を吐き出す。俺の言葉に陽向と砂月さんが驚いて、目を見開いた。
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