第26話 知りたかった真実は
デザイナーベビーは、医療目的以外では容認されていない。デザイナーベビーとは言いつつも、実際は臓器移植のために作られたクローン人間でしかなくて。そんなもの、都市伝説だと思ってた。
「いつからそこにいたんだよ、お前」
「ずっと。砂月さんに呼ばれて、店内で待ってた」
「砂月が? おい、砂月。どういうことだよ!」
目の前で動く、俺によく似た容姿をした人。透き通った体をしてる、明らかに普通じゃない人。同じ声が会話する光景は、俺から見ても異常だ。
俺と砂月さんにしか見えないらしい。
「響から翔君の手術のことを聞いてね。もしかしたらって思って」
「何勝手なことしてんだよ! 確証なんてないし、俺の心臓が本当にこいつの元にあるのかも――」
「本当はわかってるんじゃないの? デザイナーベビー、クローンでないとこんなにそっくりにはならないって。手術のタイミングも同じだ。そして……翔君には君の姿が見える。それが、何よりの答えなんじゃないかな?」
俺はドナーがどんな人かも名前も知らない。陽向と初めて会ったのは、初めて見るはずなのに懐かしいと思う道を無意識に辿った時だった。サンドムーンの壁をすり抜けて出てくる陽向に、びっくりした。
心臓移植でドナーの記憶が移ることがある。移植が必要な重症患者には、自分にそっくりのクローンがいる。この二つの都市伝説が、俺に関係あることとして現実に出てきたから。
「俺は、何も知らない。ある日突然、都合よく移植できる心臓が現れた。それしか聞かされてないんだ」
「……そっか」
「ここまで似てて何もないとは思えない。それに、この前慧選手とかに会った時……初めて会うはずなのに懐かしく思ったんだ。『また飛ぶ姿が見たい』って声が聞こえてきたんだ。それは、あんたの――陽向の声だろ?」
何言ってるんだろう。技術が発達した現代で、ドナーの声が聞こえるとか幽霊とか。でも、信じられないようなこれが現実なんだ。オカルトなんてものじゃない。どんなに強く頬を
俺の言葉に、陽向が苦しそうに顔を歪めた。困ったような顔で、右手で胸部を抑えて、俺を見る。
「俺には、顔も知らない兄がいる。名前は
同じ名前で同じ病気。そんなの、俺しかいないだろ。
「俺は、兄によく似ているらしい。そりゃそうだよな。俺は心臓のスペアのために作られた、兄のクローンだ。健康な心臓を持つ赤兎馬翔だ。死ぬことを前提に作られた、デザイナーベビーだ」
ああ、やっぱり。この人は俺と同じだ。同じ容姿で声で、だけど別人だ。そんな当たり前のことが頭に過ぎる。
「両親の顔は知らない。俺は試験管の中で作られ、研究室で育てられた。死ななければ何してもいい、それだけを言い聞かせられて。そんで、翔が悪化したら突然言われるんだ。『心臓が必要だから死んでくれ』って」
陽向の死因は、スカイボード飛行中の転落らしい。慧選手と響さんが言ってたから。でもこの話が本当なら陽向は、自分からわざと落ちたことになる。
「だから死んだ。スカイボードから転落して、地面で頭を打つ。でも、その前に脳死になるための薬を飲んだ。落ちたのは、慧達に俺が死んだと見せかけるためだ」
「それで苦しんでるのに?」
「変な希望持つよりいいだろ! 急にいなくなるより、目の前で事故死する方が……心は傷つかない。誰かに見捨てられるほど苦しいものはないからな。帰ってこない俺をいつまでも待つより、よっぽどマシだ」
デザイナーベビーとして、いつ使い捨てされてもいいような人生を生きてきたから、か。来るか来ないかわからない待ち人を待つより、来ないとわかってる待ち人を想う方が苦しまない。その意味は、なんとなくわかる。
院内学級に来なくなった子を待つのは辛かった。生きてるか死んでるかもわからないから、下手に聞くことも出来なくて。だけど、先に訃報を聞けば、あとは辛いのを乗り切るだけで済む。
「死ねとは言わない。お前が死んでも、俺は戻れないから。けど、悔しいな。苦しんでる幼馴染一人支えられなくて。俺のせいでみんな苦しんで。こうなるはずじゃなかったのにさ」
陽向の言葉が胸に突き刺さる。死人が生き返ることは無い。それは、多くの人によって証明された事実。俺はこの人の人生を犠牲に今を生きている。その事実が、俺の胸をこれでもかと締め付けてくる。
「もう一度、初めて会った時の慧の走りが見たいな。何にも縛られない、自由で華麗なあの走りを……」
陽向の言葉に、見たことがないはずの慧選手の走りが脳内に浮かんできた。
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