第24話 予期せぬ再会
砂月の問い掛ける声は穏やかだ。柔らかく目を細め、愛玩動物に向けるような優しい眼差しを向ける。その眼差しと全面に押し出した優しさが逆に気味悪い。
口にするのは少し怖い。動く肺も心臓もないはずなのに、深呼吸をして心を落ち着かせる。俺のやり残したこと。それは――。
「俺の死が慧の原因じゃないってことを、伝えること。そして……もう一度、慧が自由に空を飛ぶところを見ること」
俺は自分の意思で、翔のために死んだ。だから慧に「自分を責めるな」って伝えたい。そして願わくば、俺にも響にも遠慮せずに飛ぶ慧の姿をもう一度見たい。
これが俺一人じゃ無理だってこと、わかってる。響や砂月の協力はもちろん、翔にだって手伝ってもらわなきゃいけない。慧にはまず、俺の死を乗り越えてもらわないと……。
「でもそれ、慧に伝えられないんだよね」
「俺の姿は見えてないみたいだからな。見えてるのは砂月と翔くらいだ」
慧に俺の姿が見えたなら、慧が苦しんでなければ、俺がデザイナーベビーじゃなくて普通のガキだったなら。たらればを言えばキリがない。
「……本当にそれだけ?」
砂月のコケシ頭が柔らかく揺れる。だけどその漆黒の瞳は妙に鋭い。俺に見えていないものが見えているかのように、的確にものを言い当てる。
「翔だったっけ。本当は彼と陽向自身のことについても伝えたい、よね。慧のせいじゃないって伝えるだけじゃなくて……自分の全てを打ち明けたいんじゃないの?」
話してどうなる。俺の身の上話をしたって何も変わらないじゃないか。俺は死んで、俺にそっくりな翔が生き残って。デザイナーベビーの俺には、長く生きる権利すらない。
「元々さ。顔も知らない兄貴のために生まれたんだ。だから、初めてあいつを見た時はびっくりした。こんなに俺にそっくりだったんだって、思わずにはいられなかった」
「うん」
「しかも俺と同じようにスカイボードに惹かれて、慧に惹かれて……。本当は、幽霊らしく翔に取り憑いて、言いたいこととか伝えるつもりだったんだ。けど、あいつも苦しんでたよなって思ったら、出来なかった」
「うん」
「響と慧は、翔を通じて立ち直ろうとしてて。翔は翔で、ドナーの記憶とか馬鹿な妄想言いながらも、俺の軌跡を追いかけてる。そんな時にさ、すでに死んじまった、本当ならいるはずのない俺が割り入ることなんて出来ないよ」
翔にサンドムーンのことを教えたのは気まぐれだった。慧が立ち直るきっかけになればいい。なんなら、翔に取り憑いてその体を乗っ取ろう。翔の体を借りてでも慧達のそばにいたい。そう思ってた。
よく考えたら、顔も知らない兄――翔は重い心臓病だった。遊ぶことも満足にできない奴。臓器移植した途端に俺と同じようにスカイボードに惹かれるような、どこまでも俺に似たような奴。
翔に取り憑くのは違うよな。響も慧も、翔は俺とは別人だって考えてるし。そもそも俺の死を乗り越えてほしいなら、俺が目の前に現れて相手に未練を残すなんてこと、しちゃダメだ。
「それで全部?」
「まあ、な」
「…………だってよ?」
俺に思っていることを可能な限り吐き出させてから、砂月が陳列棚の方に目をやった。弱々しい明かりで照らされた夜の店内は視界が悪い。だけど、陳列棚の方から何かが飛び出てくるのがわかる。
人の足音が聞こえた。呼吸音もやけにはっきりと聞こえる。薄明かりの下を歩くその人影が、俺の目の前で足を止める。
「AIスピーカー。部屋を明るくして」
砂月の声にAIスピーカーが反応して室内の照明を明るくする。それと同時に、今一番会いたくない人物が口を開いた。
「俺の話、もっと聞きたいな」
それは俺によく似た容姿で、よく似た声をしていた。珍しい紫色の髪と琥珀色の目。鋭い目つきまで俺にそっくりだ。
「おかしいと思ってた。やけに透き通ってるなって。変だなって。俺のスペアだなんて、知らなかったよ」
見間違えようがない。ここまで俺に似ているのは、あいつしかいない。いつからこの部屋にいたんだよ。聞いてないよ。
「翔……」
口から零れた言葉は、自分でも驚くくらい掠れていた。
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