第23話 後悔と告白と

 けいの姿を見ていられなくて。ステッカーの思い出を抱えたまま部屋を飛び出した。俺が向かう先はただ一つ、サンドムーンだけ。


 閉まったシャッターをすり抜けて店内に侵入すれば、砂月がスカイボードのパーツに囲まれて座っていた。俺の姿に気付いた砂月が、そのコケシ頭を揺らして笑いかける。


「……答え、出た?」


 俺がやり残したことについて、だろうか。それとも、やり残したことを砂月に伝えるかどうか、だろうか。どんな答えであれ、これだけは言える。


 砂月はやっぱり鋭い。俺が慧の様子を見に行って何かに区切りをつけたことに気付いた。砂月とあいつに俺が見えるのは、運命の悪戯いたずらなんだろうか。


「出たらどうすんの?」

「聞いてあげてもいいよ」

「そのためにここで待ってたのか」

「それは違うかな。だってここ、店兼僕の自宅だし」

「そういや砂月、サンドムーンに住んでたな」

「そうだよ。幽霊になったら忘れた?」


 軽い会話をしている間にも、砂月の穏やかな目は俺の体を見つめている。心まで見透かされそうなほど真っ直ぐで力強い眼差しに、思わず屈しそうになる。


「なぁ、砂月。お前は……デザイナーベビーって知ってるか?」


 それは、口にしてしまえばとても簡単だった。どうしてこれまで伝えるのを躊躇ためらっていたのか疑問に思うほどに、すんなりと言葉が口を突いて出てくる。


「……臓器移植のために作られたスペア、だっけ」

「そう。顔も知らない家族のために死ぬことを条件に、死ぬべき時が来るまで自由に生きる……技術が発達した現代の、だな」


 砂月は慧と違って頭が回る。ただのスカイボードバカじゃない。だから、デザイナーベビーの言葉で俺の言いたいことを察したらしい。


 アーモンド型の瞳が可能な限り見開かれる。俺の事を見透かしているように思えた漆黒の瞳は、その力強さを失くしていた。口を何度もパクパクさせるのは、かける言葉が浮かばないからだろうか。


「翔だよ」

「何が?」

「翔ってガキがいただろ。あいつが、俺の存在意義だったんだよ」


 翔は俺によく似た姿をしたガキ。俺の、戸籍上の兄。俺は翔が元気に生きるためだけに生み出され、生まれた時から翔に心臓を捧げることが決められていた。


 翔と俺が似てるのは、偶然じゃないんだよ。拒絶反応を極力減らすために作られた結果、俺は兄と瓜二つになった。俺は、翔のために作られた翔のクローンだ。俺は、日向ひゅうが陽向ひなたは……赤兎馬せきとばしょうのスペアだったんだよ。


「陽向が、あの子のスペアってこと?」

「そう。ここまで見た目がそっくりだったとは知らなかったけどな。ついでに、心臓移植後にスカイボードにハマることも、俺と同じように慧に憧れることも想定外だ」


 クローンだろうがデザイナーベビーだろうが、性格や好みは環境依存で変化するはずなんだけどな。どういうわけか、俺と翔は見た目だけじゃなく好みも口調も性格も、何もかもが似ちまった。


「元々、十三歳になったら臓器移植のために死ぬはずだったんだ。それが、少し早まった。それだけだ」


 あの日、翔の容態が悪化した。これ以上は翔がもたない。だからあの日、翔の命をつなぎ止めるために、俺は死を選んだ。


「本当はステッカーも思い出も何も残さずに死ぬつもりだったぜ? けど、慧の奴、しつこくてさ。気がついたら俺は、長く生きられやしないのに……もっと生きたいって、もっと一緒にいたいって……欲張っちまったぜ」


 デザイナーベビーはただのスペアだ。そこに人権はない。特定の人を生かすためだけに生まれて、死ぬまでは好きなように生きる権利を得る。慧に出会うまでは、それで満足してたんだ。そんなものだって、自分を納得させてたんだ。でも――。


「慧にあんな真っ直ぐ見つめられたら、言えないだろ。どうせすぐ死ぬだなんて、本当は死にたくないだなんて、近いうちに死ぬから思い出が残ると辛いだなんて……言えなかった。言えるはずがなかった。悲しむところなんて見たくなかったんだ、俺は!」


 過ぎた時間は戻らない。後悔しても何も変わらない。それなのに、後悔するんだ。


 俺が真相を伝えていたら何か変わったかもしれない。死ぬ日を伝えていたら、慧は心構えができたかもしれない。仲良くならなければ、俺は今こんなに苦しんでいなかったのかもしれない。


「……事情はわかった。で、陽向はどうしたい? 何をやり残したの?」


 俺の姿が見える人は砂月で良かったのかもしれない。俺より三つも上だからか、こういう時にかなり冷静だ。冷静に、俺が必要な言葉をくれる。


「やり残したこと、教えてよ?」


 砂月の言葉が俺の心に暖かな光を灯す。

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