第20話 言えなかったことは

 作られたのは試験管の中だった。生まれ育ったのは国の研究機関だった。物心ついた時から、俺にはある使命を言い聞かせられていた。


「君は、お兄さんに心臓をあげなきゃいけない」


 俺には会ったこともない兄がいる。兄は重い心臓病らしく、いつかは心臓移植をしなければいけないらしい。そして、出来るだけ拒絶反応の起きない適応した心臓を得るためだけに俺が作られたそうだ。


 物心ついた時から死ぬ日は決まっていた。兄の容態が急変したらそのタイミングで。そうでなければ兄には可能な限り人工心臓で持ちこたえてもらい、保険適用での手術が可能となる十三歳で心臓移植を行う、と。


 俺は死ぬために、兄に心臓を捧げるために作られたデザイナーベビーだった。治療目的でしか認められていない、デザイナーベビーという選択肢。けれどこれなら、いつやってくるかも適応するかもわからない他人の心臓を待たずに済むらしい。


 デザイナーベビーは臓器移植のために作られたスペア。その用途と運命から、俺達には好き勝手に自由に生きる権利が認められている。短い人生だし直ぐに死ぬから、必要最低限しか人と関わらないつもりだった。だったのに――。


「ねぇねぇ、名前教えてよ!」

「めんどくさい」

「いいじゃん。ねぇ、君の名前は?」

「……日向ひゅうが陽向ひなた

「へぇ。なんか、難しそうだけどかっこいい名前だね。よろしく、陽向」


 そいつは、淡い水色の髪を揺らしながら楽しそうに笑うんだ。傷だらけの、塗装のげたスカイボードを片手に。ニシシと嬉しそうに歯を見せて。


 いつか死ぬから。どんなに長くても十三歳までしか生きられないから。だから、必要最低限な人以外とは関わることなく生きるつもりだった。そうしないと残された側は辛いだろうなって、想像くらいは出来たから。


「俺、スカイボード大好きなんだよな。見てて?」


 なのに慧は、そんな俺に自分から関わってきた。スカイボードで縦横無尽に空を飛ぶその姿に憧れた。気がつけば俺は、必要以上に慧と関わるようになってしまった。それが全ての始まりだ。



「陽向、どこに住んでんの?」

「教えない」

「僕と一緒に遊ぼうよ」

「やだ」

「じゃあ、僕がスカイボードで飛ぶのを見ててよ。で、トリックとか変だったら教えて」


 慧は昔から強引だった。俺がどんなに素っ気ない態度を取っても、拒絶しても、それでも俺を引き止める。いつからか俺は慧といるのが当たり前になって、そこに慧の幼馴染に当たる響が加わって。


 砂月が俺達の中に加わる時には、俺が慧のそばにいるのは当たり前になっていた。必要とされればいつでも死ぬし、どんなに長くても十三歳までしか生きられない。そんな大切なことも、俺を必要とする兄のことも伝えないまま月日だけが過ぎていく。


「ねぇ、陽向。何考えてるの?」

「……別に何も考えてないけど」

「陽向ってさ、どこからかやってきて、どこかに帰っていくよね。僕、陽向の家知らなーい。教えてよ!」

「誰が教えるか、このバカ猫」


 仲良くなるにつれて、俺という存在について話すのが辛かった。そう遠くないうちに死ぬだなんて、とてもじゃないけど伝えられない。それどころか「見たこともない兄のためになんか死にたくない」とまで考えるようになった。


 デザイナーベビーとして研究施設で暮らしてる。その事実を隠すために、毎日必死だった。家族のこと、生い立ちのこと、将来のこと……。慧達にどれだけの嘘をついただろう。


「陽向もスカイボードやろうよ」

「俺はやらない」

「えー。じゃあじゃあ、いつかやる時に備えてさ、お揃いのステッカーでも買わない?」

「やだ」

「えー! なんでよ。ステッカーなんて百円あれば買えるよ? それとも、僕とのお揃いは嫌?」

「そういうわけじゃない」

「じゃあいいじゃん!」


 慧は俺を仲間に入れるとスカイボードに誘った。スカイボードに乗らないのならせめてと同じステッカーを貼りたがる。俺との思い出なんて、形として残るだけ辛くなるのに……俺は、そんな慧の申し出を断れなかった。


 俺が生きていたことを示す思い出の品は、そのステッカーとスカイボードくらい。俺との思い出が残れば、死んだ後に辛くなるとわかっていたのに、断れなかった。断りたくなかった。でもそれは、慧が自分を責めるためじゃないんだよ。


 慧はもう、覚えてないのかな。俺とお揃いのステッカーを選んだ時の会話を――。

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