第5章 新月は後悔に気付けるか
☆陽向
第19話 やり残したこと
さほど広くはない店内。ありふれた高層マンションの一階に位置する一部屋を借りて作られた、スカイボード専門店。それが、幼馴染の経営する店「サンドムーン」。
いつからだろう。俺は、気が付いた時にはこの「サンドムーン」にいた。透き通った、この世の多くの人には見えない体になって、ここにいた。幽霊とかいうオカルトの存在になったんだと自覚したのは、無意識に壁をすり抜けてからだった。
なんで存在しているのかわからない。お腹は空かないし喉も渇かない、眠くもならない。ほとんどの人に姿が見えないし、俺の声を聞き取れる人もほとんどいない。例えようのない孤独感だけが俺を包み込む。
どうして、俺は気が付いた時にはサンドムーンにいたんだろう。どうして俺はこんな不確かな形でこの世にいるんだろう。その答えは、誰もわからないまま。
俺は、死んだはずなんだ。あの日、スカイボードから落ちて死んだ。あたかも事故であるかのように見せかけた、はずなんだ。全ては、あいつのために――。
☆
お世辞にも広いとはいえないサンドムーン。店内の奥には、寝袋やインスタント食品が用意された事務室がある。事務室と言っても使っているのは砂月だけ。サンドムーンの店員は、オーナーである砂月だけ。
砂月は寝袋の上で胡座をかいていた。コケシ頭をかすかに揺らしながら、真剣な顔でパソコンと向き合っている。液晶画面に表示されているのは「幽霊」「見える」の単語で検索したいくつもの参考ページ。それらを一通り、納得のいくまで読んでから砂月が言った。
「ねぇ、
検索して出てきたサイトに書かれていたんだろう。「未練」とか「やり残したこと」ってのは、幽霊がこの世に留まる一番の理由らしい。昔から言われてるオカルト話だ。
やり残したこと。そう聞いて真っ先に思い浮かぶのは……
俺が死んだ理由は、慧のせいじゃない。あいつのせいだ。俺は、お前達にいつか言わなきゃいけないことを隠してただけなんだよ。
「俺は、慧にもう一度空を――」
「それ、嘘だよね」
俺の言葉を遮って、氷のような冷たい響きを持つ砂月の声がした。俺を見る漆黒の瞳はまるで、俺の心を見透かしているようで。実体なんてないのに、背筋がゾクッとする。
砂月の言ってることは間違っていない。慧に再び空を飛んでほしいのは本当だ。だけど、それが俺がここにいる理由じゃない。俺が死んだ時、慧はまだ空を飛べたからな。
本当は、本当は……。
「僕の妄想か幽霊かわからないけどさ。やり残したことがあるなら、それをした方がいいと思うよ? たとえ声が聞こえなくても、ね」
俺のやり残したこと。俺がまだこの世に留まってる理由。そんなの、一つしか有り得ない。俺が死んだ理由だ。俺はまだ、死の真相を幼馴染達に伝えていない。ただ、それだけだ。
「まだ妄想か疑ってんのかよ、お前」
「テクノロジーの発展した現代で、幽霊だの陰陽師だのを信じろって方が無理があるよ」
「ブレないな、砂月は」
「で、どうなの? 心当たり、あるの?」
信じてないとか言うくせに、しれっと痛いところを突いてくる。
心当たりならあるさ、痛いほど。でも、言えない。言ったところで伝えられない、伝わらないんだよ。実体のない俺の声なんて、一番伝えたい奴に届かないんだ。
俺の死は事故だ。ただの事故じゃないけど、事故だ。そして、その原因はお前のせいじゃないんだよ、慧。あの事故の原因は、俺にあるんだ。あの事故には、幼馴染達に伝えていないあることが関係してるんだ。
あの事故は、誰のせいでもない。俺が自殺するために、事故に見せかけただけだ。あいつのために俺は死んだ。俺は俺について隠してた。慧があんなに苦しむなんて、思わなかった。
「心当たり、ありそうだね」
「まあな」
「僕に話してみる? それとも、もう少し考える?」
「……今は、まだ無理だな」
「わかった。ここからは僕の仮説だから聞き流してね」
砂月は俺の表情でなんとなく察したんだろう。心当たりがあると知っても、あまり驚かなかった。代わりに、穏やかな口調で淡々と言葉を紡いでいく。
「慧に弟子入りしたがってたあの翔って子。あの子が、陽向の隠し事と関係ある気がするんだ。これは、僕の直感」
その通り。翔は、生きてる時に直接会ったことこそないけど、俺の隠し事に関係してるよ。だって俺はあの日……
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