第18話 それは一つの可能性

 リビングで来客を待つけいちゃん。淡い水色の髪はハネ具合がいつもより大人しい。そして慧ちゃんの表情も、少し強ばってる気がする。


 インターホンが音を奏でる。それに反応してあからさまに動揺した慧ちゃんは、縋るような目で私を見た。


 今日は翔君がもう一度やってくる日。一度拒絶したからなのかな。翔君にもう一度会うと決めたはずの慧ちゃんはすごく不安そう。


「……僕ちん、どうしたらいいと思う?」


 捨てられた子猫みたいな眼差しで私を見つめる慧ちゃん。エントランスの自動ドアは開けたから、翔君が来るまであと僅か。困ったような顔をされても、私は心の中で応援するしか出来ない。


 ピンポーン。


 ほら、玄関でインターホンが押されたみたい。翔君には砂月君が上手く伝えてくれたみたい。だから、あとは慧ちゃん次第。


「慧ちゃん、行かないの?」

「え、僕?」

「前回追い出したのは誰? 今日は慧ちゃんが笑顔で出迎えるべきなんじゃないの?」


 私は慧ちゃんを送り出すだけ。代わりに出迎えたりはしない。追い出したのは慧ちゃん。だから、まずは出迎えて面と向かって謝らないと、ね。


 慧ちゃんが重い腰を上げて玄関へと歩いていく。でもその足どりは重くて、表情も暗い。いつものヘラヘラした作り笑いとおかしな口調は、こういう時に限って消えちゃう。だけど、声のトーンまでは素に戻らない。


 戸惑いながら扉を開ける慧ちゃんと、家に上がってくる翔君の姿が遠くに見える。



 珍しい紫色の髪。琥珀色の目。顔つきも仕草も口調も、やっぱり陽向君に似ている。陽向君が生き返ったのかと思うほどに、翔君は陽向君によく似てるんだ。


「俺、慧選手の大ファンなんだ。だけど上手く飛べなくて。慧選手のスカイボード、カスタマイズってどうやって決めてます?」

「僕ちんがカスタマイズしてるのはプライベート用だけなんだにゃ。競技用の方はぜーんぶ、そこの響って言うお姉さんがやってくれてるにゃ」


 翔君はもっと怒ってもいいのに、怒らなかった。前回拒絶されたこともあっさり許してくれて、怒鳴ったり不機嫌になったりしない。


 この子はどこで生まれた、どんな子なんだろう。両親はどうされたんだろう。一人で暮らしてるなんてことはないよね。そんな疑問がふと、頭の中に浮かんできた。


 翔君の見た目は陽向君に似ている。だから、意識しないと間違えて「陽向君」って呼びそうになる。こんなにそっくりな人がいるなんて、二回目に会った今でも信じられない。


「ひな――翔君は、スカイボードは初めて?」

「初めて、かな。去年までは心臓が悪くて、運動なんてこれっぽっちも出来なかったから」


 去年までは。その言葉がこんなに重く響いたことは初めてかもしれない。だって、陽向君が死んで一年で、翔君は運動が出来るようになって一年。嫌な予感っていうのかな。胸の奥の方がスーッと冷たくなるのを感じた。


「心臓、そんなに悪かったの?」

「結構重症で、心臓移植出来なかったら死んでたと思う。去年の今頃に運良くドナーが見つかって移植して。そしたら無性にスカイボードをやりたくなって。そんな時、偶然テレビで慧選手を見て、この人みたいになりたいって思ったんですよ」


 去年の今頃は、陽向君が死んだ日。確か陽向君は転落したんだけど、直接の死因は脳死だったんだよね。それと同じ時期に偶然ドナーが見つかって、陽向君そっくりの翔君が心臓移植を受ける。そんな偶然、有り得るのかな。


「なんででしょうね。スカイボードに乗るの、初めてって気がしなくて。慧選手にも、響さんでしたっけ。あなたにも。初めて会った気がしないんですよね」


 スカイボードをやりたくなったのは偶然かな。私達にあった気がするのは偶然かな。今は無理して敬語にしてるけど、素の話し方が陽向君に似てるのは偶然かな。


「もしかしたら、ドナーの記憶ってやつかもなって。そう思ったら、会いたくなったんだ」


 心臓移植でドナーの記憶が移ることがある。移植が必要な重症患者には、自分にそっくりのクローンがいる。そんな二つの都市伝説が、頭に過ぎった――。

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