第17話 伝わらない想い
そんな慧ちゃんはスカイボードを辞めようとしたことが二回だけある。一つ目は一年前の
「ねぇ、慧ちゃん。十年前のこと、覚えてる?」
「忘れるはずないにゃ。だってあれは……僕ちんのせいにゃ」
陽向君の死を自分のせいって責めるくらい自分を責めがちな慧ちゃんだけど、十年前のことに関しても同じ。全部が全部慧ちゃんのせいじゃないのに、自分を責めてる。そして十年前の事故が、慧ちゃんを変えたんだ。
「あの時も、スカイボードをやめようか迷ってたよね。でも、結局続けた」
「それは……響に言われたからにゃ」
今でも鮮明に覚えてる、十年前の出来事を。それくらい印象的な出来事だったから。
スカイボードに乗っていた慧ちゃんは、トリックの練習をしていた。私と陽向君はそれを近くで見ていて。砂月君はまだ、近所で暮らしていない時だった。
慧ちゃんのトリックが失敗して、スカイボードが宙を舞ったのは覚えてる。勢いよく飛んできたスカイボードは路上に飛び出て、道路を走るトラックに激突。一瞬でスカイボードは壊れて、その部品が私の左目を直撃した――。
「あの時は響が死ぬかと思ってヒヤヒヤしたにゃ」
「でも左目だけで済んだだけマシなんだよ? 吹き飛んだスカイボードをセンサーが障害物認定して、自動ブレーキか働いたんだって。スカイボードは壊れたけど、誰も死ななかった」
「そもそも僕ちんがスカイボードで失敗しなかったらこうはならなかったにゃ」
吹き飛んだスカイボードはトラックに衝突して呆気なく壊れた。デッキは折れて、プロペラは羽もフレームもバラバラに。エンジンは粉々になってあちこちに破片が飛び散った。だけど……慧ちゃんのスカイボードは一つの奇跡も生み出した。
トラックは自動運転じゃなく手動運転だった。だけど運転手は居眠りをしていて。慧ちゃんのスカイボードが衝突しなかったら、大惨事だった。自動ブレーキがかからなかったら、トラックは私達に突っ込んでいたかもしれなかったんだから。
慧ちゃんのスカイボードは私の左目を奪ったかもしれない。だけど、私達の命を救ってくれたのも慧ちゃんのスカイボードで。トラックの人も、事故を免れた。誰も死ななかったのは慧ちゃんのおかげなんだよ。
『ご、ごめんにゃさい』
事故のあと手術で左目を摘出した私に慧ちゃんが謝ってきた。なのに肝心な時に限って噛んじゃって、猫語みたいになって。思わず笑っちゃったんだよね。そして何を勘違いしたのか、私が笑ったその日から、慧ちゃんは猫語で話すようになったんだ。
怪我をさせた責任を取ってスカイボードを止めようとした。それを私が泣いて引き止めて、慧ちゃんはスカイボードを続けることに決めた。だけど、私が怪我した日を境に、楽しそうには飛ばなくなった。
「慧ちゃん、気付いてる?」
「何がにゃ?」
「十年前のあの日からね。慧ちゃん、楽しそうには飛ばなくなったんだよ。失敗しないように、怪我させないように。そればっかり意識して、笑いながら飛べなくなったんだよ?」
「そうだったかにゃ? 今も笑ってると思うけどにゃ」
慧ちゃん自身はやっぱり気付いてない。昔は太陽みたいに眩しい笑顔を見せてくれたのに、今は見せなくなった。今見せてるのは心からの笑顔じゃなくて、ヘラヘラした作り笑いなんだよ。なんでわからないんだろう。
「無理に飛ばなくていいんだよ、慧ちゃん。飛びたくないなら、スカイボードを止めちゃえばいい」
「嫌にゃ! 僕ちんは、スカイボードが大好きにゃ。父ちゃんとの思い出だし、飛ぶの楽しいし」
「それは、本心から?」
私が問いかけると慧ちゃんはハッと口を閉じた。どんぐり眼でパクパクと口を動かすけど、声は出てこない。
「翔君にスカイボードは教えて欲しい。けど、それとは別に、教えながらでいいから考えてほしいの。慧ちゃんは今、何の為に飛ぼうとしてるの?」
そんなつもりはないのに、自然と声が冷たくなっちゃう。だけど、これはいつかは言わなきゃいけないことだから。
「私や陽向君への償いのためなら、飛ばなくていいよ。慧ちゃんに無理してまで飛んでほしいなんて、誰も思ってないから。私は、スカイボードに乗っていない慧ちゃんも好きだよ」
私のために飛ばなきゃって思ってるなら、飛ばなくていいよ。いつまでも私との昔の約束を守らなくていいんだよ。
私を笑わせようとしなくていい。おかしな口調も止めていいし、私を養うためとか言ってスカイボードに乗らなくてもいい。私はいつだって、慧ちゃんの笑顔が見られればそれでいいんだから。
「そんなつもりじゃないから。僕は、無理してなんかいないから」
久々に聞いた、猫語のない言葉。普段より低いトーンのそれは、これまでのどんな言葉より刺々しく思えた――。
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