第16話 小さな抵抗

 今、なんて言ったんだろう。けいちゃんの言葉が信じられなくて、返す言葉が見つからない。もう一度慧ちゃんの発言を振り返ってみる。


『……陽向あいつが死んだのは、その……僕が、スカイボードを……教えたから、だからにゃ』


 今、慧ちゃんは「自分のせい」って言ったよね。慧ちゃんはあの事故から一瞬たりとも自分を許してなんかいないんだ。あの事故は誰のせいでもないのに。


 慧ちゃんがスカイボードを教えたからって全員が事故に遭うわけじゃないよ。パラシュートがトラブルになるのは稀だし、トリックに失敗するのだって稀。あの事故は、偶然が重なっただけの不運な事故。なのにどうして慧ちゃんは自分を責めるの?


「だってそうでしょ? 元々、僕がスカイボードを勧めなければこうはならなか――」

「違うでしょ?」


 真顔でおかしな口調を止めた慧ちゃんに声を荒らげる。慧ちゃんが自分を責めるのなんて聞きたくない。無駄に苦しんでる姿なんて見たくない。目を覚ましてよ、慧ちゃん。


「――痛っ!」


 気がつけば、慧ちゃんに向かって手が伸びていた。ピシャリと大きな音を立てて真っ赤に染まる慧ちゃんの頬。それと同じくらい私の右手も真っ赤で。音から少し遅れてじんじんとした痛みが手のひらを包み込む。


「少しは、目が、覚めた?」


 柄にもないことをしたからかな。少し呼吸が荒くなるのを感じる。私は今、どんな顔をしているんだろう。慧ちゃんの金色の瞳を見つめてみるけど、その目は光を反射しているだけで何も写していない。代わりに、慧ちゃんが額に身につけているゴーグルが私の姿を写した。


 今にも泣きそうな顔で下唇を噛み締める、情けない私の姿。髪色も姿も地味で、今どき珍しいメガネがその地味さに拍車をかけてる。でも、メガネの奥に見える目は、自分でも思うほど力強い。


「あれは事故なの。誰のせいでもないの。なんでわからないの?」

「パラシュートの点検をもっとしっかりしてたら、ジャンプなんてトリック教えなかったら……」

「たられば言ったって仕方ないでしょ? それに、それが翔君を教えない理由にはならないじゃない。だって、陽向君と翔君は別人なんだよ?」


 ここまで慧ちゃんに反対したのは初めてかもしれない。でも、自分のせいじゃないのに自分を責めて、苦しんで。そんなの馬鹿みたいじゃない。なんで意味がないって、慧ちゃんにはわからないんだろう。


「もしあの子が本当に陽向君の生き返りなら……それこそ今度は死なないように、後悔のないように教えればいいじゃない」

「そんなこと、僕ちんには出来な――」

「なら、教えなくてもいいよ。でも、見た目だけで判断しないで、翔君の話を聞いてあげたら? いつもの慧ちゃんならきっとそうするよ?」


 陽向君が死んだ原因が誰にあるとかは問題じゃなくて。大事なのは、慧ちゃんが翔君に向き合うこと。弟子入りを全て断ってるわけじゃないんだから、一目見て「帰れ」って言うのは間違ってる。


「でも、あいつに似てるにゃ」

「似てたら駄目なの?」

「あの子はただ似てるなんてものじゃない。瓜二つにゃ」

「瓜二つなら、話すことも出来ないの?」

「ううー」


 珍しく私がここまで反発してるからかな。慧ちゃんが唸り声を上げる。私は間違ったこと言ってない。慧ちゃんがまだ、心の整理が出来ていないだけ。それに……今のままじゃいつまで経っても陽向君のこと、乗り越えられないよ。


「だからさ、慧ちゃん。もう一度、会ってみない?」


 苦しむ慧ちゃんを見ていられなくて、その手を取った。優しく握れば、慧ちゃんの体温が伝わってくる。


「すぐに受け入れなくていいよ。少しずつ、翔君と話せるようになっていこうよ」

「……どうしてそこまであの子に肩入れするのにゃ?」

「陽向君に似ているから、かな。なんとなく、ほっとけないの。それに……昔みたいに楽しそうに空を飛ぶ慧ちゃんを見たいの」


 私が笑いかけると、慧ちゃんがお得意の作り笑いを浮かべる。だけど、その金色の瞳は微かに潤んでいた。笑顔になんて騙されないよ。ねぇ、なんでそんな悲しそうな顔をするの?


 慧ちゃんが遠くに行った気がして。「陽向君」って言葉に作り笑いする慧ちゃんを見るのが辛くて。私はそっと、目を逸らした。

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