第15話 隠してきた本音

 けいちゃんは自分の部屋にいた。ノックをしてから扉を開ければ、やけに整頓された部屋が姿を見せる。


 壁に貼られたポスターと戸棚にしまわれたトロフィーは年相応の装飾。だけど、部屋の隅で異様な存在感を放つ仏壇が、慧ちゃんの部屋にひんやりと冷たい感じにしている。


 慧ちゃんはそんな部屋のど真ん中に腰をかけて、スカイボードのメンテナンスをしていた。使っているスカイボードはオレンジ色の、プライベート用のスカイボード。


「ねぇ、響。あの子、どこから来たの?」

「知らない」

「そう。じゃあさ、あの翔とかいう子、もう家に入れないで。僕の視界に入れないで」


 慧ちゃんの一人称が「僕」になって、語尾の「にゃ」が消えて、ちょっと冷たい話し方。多分無意識になんだろうけど……慧ちゃん、かなり怒ってるね。でも、ここで引き下がるわけにはいかないの。ごめんね、慧ちゃん。


「慧ちゃんこそ、あれはないんじゃない? 話も聞かないで見た目だけで判断して追い出すなんて……そんなの、ただのわがままだよ」

「でもにゃ、響。あの子、に似てるにゃ。見てるだけで、僕……」

「それでも、話を聞いてあげるのがプロ選手なんじゃないの? 今は休息中でも、慧ちゃんがプロのスカイボード選手ってことは変わらないんだよ?」


 気持ちが落ち着いてきたのか、少しだけ話し方が元に戻る。私が左目を失った日に始めた、ちょっとおかしな話し方が。


 慧ちゃんはプロのスカイボード選手。今は、この一年はスカイボードに乗っていなくても、まだ選手。引退に必要な手続きすらしていない以上、慧ちゃんは現役の選手なんだよ。


「じゃあ、どうして嫌なの?」

「だって見た目が、あいつに似てるにゃ」

「慧ちゃんは翔君を一目見てどう思った?」

「どうって……どう?」

「私はね。……陽向君が生き返った子かなって。陽向君が私達に会いに来たのかなって。そう思ったよ」


 慧ちゃんは陽向君の名前を言ってくれない。一年前の事故以来、陽向君のことはいつだって「あいつ」呼びをする。多分、名前を呼べるほどには吹っ切れていないからなんだろうな。


 慧ちゃんは陽向君と仲が良かったから。私と慧ちゃんと陽向君の三人で、よく色んなことをしたから。途中から砂月君も加わって、色々なことが起きて。慧ちゃんと陽向君は苦楽を共にしてきた戦友みたいなものだもんね。


 私にとって陽向君は……変わった人で、かけがえのない人で、私の目をひきつけて離さない人。ミステリアスなところも、ちょっと口が悪い時があることも、思い出作りに消極的なところも。その言動の全てが、私をひきつけた。


 私だって辛かった。だけど私は……なんとか受け止めたよ。事故現場にお花を供えながら祈って。陽向君はもういないけど、ううん、いないからこそ。思い出の中の陽向君をずっとずっと忘れないでおこうって決めたんだ。


「……もしあれが陽向なら、それこそ絶対にスカイボードなんて教えない」

「どうして?」

「どうしてってそんなの――」


 慧ちゃんが言いかけた言葉を無理やり口に留めた。慧ちゃんなりの意味があるんだろうけど、そんな無理してる姿を見ると思うんだよ。やっぱり本当は無理してるんだって。私には、弱いところは見せてくれないんだなって。


 弱くたっていい、無理しなくていい、笑わなくてもいい。お願いだからもう一度、本当の慧ちゃんを見せてよ。昔みたいに私に色んな姿を見せてよ。私の前では、喜怒哀楽を隠さないでよ。陽向君の前では全部見せてたくせに。


「ねぇ、慧ちゃん。どうして?」


 慧ちゃんが苦しんでるのを知った上で理由を訊ねるなんて、私、悪い子だな。でもね、慧ちゃんにはもっと、思ってることを外に吐き出すことが必要なんだと思う。


 慧ちゃんはどんな時も作り笑いで乗りきってきた。ご両親が死んだ時も、陽向君が死んだ時も、泣かないで笑ってた。泣いた方が楽になれるのに、ずっとずっと、本心を隠して生きてたよね。


「どうして黙ったままなの? さっき、何を言いかけてたの?」

「響には関係ないにゃ」

「あるよ。……私は、慧ちゃんの幼馴染だもの。一緒に暮らしてるもの。家族のことは、気になるよ?」


 私の言葉に、慧ちゃんが困ったように視線を仏壇の方へと向ける。私室には不向きなその仏壇には、慧ちゃんのご両親の写真が飾られていた。写真の前には今日用意したらしい、真新しい供え物まである。


 きっと慧ちゃんはまだ、両親の死も乗り越えられてないんだ。乗り越えられないまま今度は陽向君が死んで、いっぱいいっぱいなんだと思う。ねぇ、慧ちゃん。お願いだから自分が限界だって気付いてよ。


「……陽向が死んだのは、その……僕が、スカイボードを……教えたから、だからにゃ」


 掠れた声で慧ちゃんが話してくれたのは、この一年ずっと抑えてきたはずの本心だった――。

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