第4章 雛鳥は十字架を切る
☆響
第14話 君に隠していること
「帰れ。今すぐ帰るにゃ!」
3LDKの家に怒声が響く。声を荒らげたのは、
「なんでだよ! 俺はまだ何も言ってないぜ!」
「いいから帰れ。何も言わずに帰れ。その姿を僕ちんに見せるな」
「どうして――」
「うるさい! とっとと帰るにゃ! その姿を消すにゃ!」
今朝家を訪れた十四歳くらいの男の子、翔君だった。珍しい紫色の髪、綺麗な琥珀色の瞳。顔つきも仕草も口調も、何もかもがあの人に似てる。そんな翔君を、慧ちゃんは一目見るなり拒絶した。
こんなに声を荒らげる慧ちゃんを、私は知らない。語尾の「にゃ」が時折消えるくらいに動揺して、両目を釣り上げる。こんな怖い慧ちゃんは、初めて見たよ。
☆
事の発端は、数日前に遡る。悪いのは翔君でも慧ちゃんでも砂月君でもなくて、私なの。
数日前、私のスマホに砂月君からの着信が来た。スカイボード専門店を経営する砂月君と話すのなんて久しぶりで。少し上機嫌で電話に出たことを覚えてる。
だけど電話の内容は、私が想像したこともないようなことだった。
「あのさ、慧の弟子になりたいって子がいるんだよね。どこから聞きつけたのか僕のことも知っていて、慧と僕の関係も知ってるみたい。一度でいいからさ、会わせてもらえないかな?」
砂月君との話題はスカイボードのパーツに関することが多い。だから、慧ちゃんに弟子入りしたい子がいるって内容の連絡は初めてで。その口調から「会わせて欲しいんだろうな」ってすぐにわかった。
「正直な話、慧は多分、一目見て拒絶すると思うんだよね。最初は拒絶しながらでいい。少しずつ、その子を受け入れて欲しいなー、なんて思ったり」
「どんな子なの?」
「……驚かないでね。
陽向君にそっくりな子がいる。その子が慧ちゃんに弟子入りしたがってる。その言葉に、私はなんて声を返したらいいかわからなくて。
「弟子入りってどういうこと? 私はどうすればいいの?」
混乱した私は、感じたままに声を出した。慧ちゃんに砂月君の話を伝えることなく、私の独断で話を進めた。きっとそれが、全ての引き金なの。
「慧が苦しんでるのは知ってる。だから、陽向によく似たその子にスカイボードを教えることで、一年前の事故から立ち直るきっかけになればいいなと思って」
立ち直るきっかけ。その言葉が、私にはどんなデザートよりも魅力的なものに思えた。だって、誰よりも慧ちゃんに立ち直って欲しいのは私だから。
慧ちゃんは陽向君がスカイボード中の事故で死んでから、スカイボードに乗らなくなった。今まで以上に無理して笑って、私を笑わせようとして元気なフリをして。
本当は辛いのに、慧ちゃんはいつだって私を気にする。スカイボードに乗ってお金を稼がなきゃって。私はお金目当てで慧ちゃんといるんじゃないし、義眼の私だって働けるのに。
昔の慧ちゃんはもっと自由だった。空を飛ぶのが大好きで、スカイボードに乗るのが大好きで。色んな重荷を背負う前の慧ちゃんは、本当の笑顔で縦横無尽に空を飛んでいたんだ。
いつから慧ちゃんは自由に空を飛ばなくなったんだろう。今のおかしな話し方になったのは、いつからだろう。私は、昔の楽しそうな慧ちゃんがもう一度見たい。だから……。
「わかった、協力する。慧ちゃんを説得すればいいんでしょう?」
「そう。さすが響。話が早くて助かるよ」
「慧ちゃんを宥めること、その子を家に上げること。この二つは協力する。だけど、それ以上の援護は無理だよ?」
「わかってる。今は協力してくれるだけでありがたいんだ。少年の方のフォローは僕がやる。じゃ、頼んだよ」
慧ちゃんにもう一度本当の笑顔で笑ってほしくて。陽向君の事故を乗り越えてほしくて。砂月君に協力することを決めた。慧ちゃん、裏切ってごめんね。これも慧ちゃんのためだから。
「響、ちょっと来るにゃ」
遠くから慧ちゃんが私を呼ぶ声が聞こえる。多分翔君を無理やり家に帰した後、なんだと思う。きっと翔君についてなんだろうな。これから話すことを考えながら、私は慧ちゃんの元に向かっていった。
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