第13話 願うことはただ一つ
いつ、どうやって店内に入り込んだんだろう。夜の九時を回った頃。ふと視線を動かすと、そこには半透明になった幼馴染の姿があった。
ツンツンしていない紫色の髪。目つきの悪い琥珀色の瞳。パッと見、路地裏にたむろしている悪ガキのような印象を受けるその姿。だけど、その中身がまともであることは誰よりも僕が知ってる。
「
声をかけるけど返事はない。代わりに、困惑した顔で視線を逸らす。それでも壁をすり抜けてどこかに行かないのは、陽向なりに思うことがあるからだろうな。
「あの子、どこで見つけたの?」
僕の声が聞こえてることにして話を続ける。どんな経緯かは知らないけど、あの翔って子に話をした「透き通った兄ちゃん」は間違いなく陽向だから。
「翔、だっけ。陽向にそっくりだよね。まるでクローンみたいに」
驚くほど瓜二つだ。幼い頃のクローンか、成長の止まっていた一卵性の双子がいたのか。何気ない世間話として声をかけたつもりなのに、陽向は少しも応じてくれない。
このままじゃ、誰もいない空間で僕一人が話してるみたいだ。店内に僕しかいないとはいえ、あまりこういうのは好きじゃないんだけどな。質問を変えてみよう。
「どうして翔を選んだの?」
「砂月は、俺がどうして翔を選んだと思う?」
「僕が聞いてるんだけど?」
「いいから。砂月は、あの子を見てどう思った?」
やっと声を出したかと思えば、疑問に疑問で返す、か。僕が翔を見て思ったことなんて、決まってる。あの見た目は、一度見たらなかなか忘れられないよ。
陽向にそっくり。陽向が生き返ったみたい。そして、この子なら
「慧が立ち直るかもって。立ち直るきっかけになるかもって思ったよ」
「同じだよ。俺も同じこと思った」
「同じこと」がすごく引っかかる。
一年前の事故をきっかけに、慧はスカイボードに乗らなくなった。世間的には休養扱いされてるけど、誤魔化せるのも時間の問題だと思う。
僕としては、もう一度慧に空を飛んで欲しい。だけど慧がそれを望まないなら、スカイボードの世界から離れればいいとも思う。
慧が少しでも飛びたいと望むなら、僕がその夢を支える。それが僕が慧に出来る恩返しで、せめてもの償いだから。
「慧に立ち直ってほしい。スカイボードとか飛べなくていい。凡人でいい。いいから、過去に囚われずに生きて欲しいんだよ」
言いたいことは何となくわかる。慧はまだ、一年前の陽向の事故を引きずってるから。響の怪我も陽向の死も全部自分のせいにして、一人で抱え込んでる。話し方まで変えちゃって、自分を作ってるんだ。
「……あの子の見た目、俺にそっくりだろ? 一目見た瞬間に思った。これは、この子はきっと……神様が慧を立ち直らせるために寄越してくれたんだって」
「神様だなんて、古い時代のニュアンスを使うね」
「じゃあそれ以外に、俺がここに今いる理由の説明出来るか? 翔に会ったことの説明が出来るか?」
「さあ?」
「砂月にはわかんないかもしれないけどさ。どんなに技術が進歩したって、神様のこと忘れようとしたって、運命には抗えないと思うんだよ、俺は」
神様なんて存在、よく信じる気になれるよね。あれは、古い時代の人達が救いを求めて作り出した都合のいい偶像だろうに。今でも宗教の類はあるけど、信じる人は少数派だ。僕は信じない。
「どうして信じちゃったの? 陽向らしくないよ?」
「……まぁ見てろって。翔の力を借りて、何としてでも慧を立ち直らせてみせるから」
「すごい自信だね」
「だから砂月は、どうして自分が守られたのか、もう一度考えてみろよ」
何気ない陽向の言葉が僕の胸に突き刺さる。何年も前の出来事なのにはっきり覚えてる嫌な光景が、一瞬頭によぎった。僕は犠牲の上に生きていて、慧は僕の被害者で。思い出すだけで辛くなる現実が、僕から離れてくれない。
嫌なこと、思い出させてくれるよね。僕だって何が起きたかわからないのに。どうして僕だけが生き残ったのかもわからないのに。僕が生み出した妄想のくせに、どうして……。
僕に言いたいことを言い終えると、陽向は壁をすり抜けてどこかに消えた。置き去りにされた僕の気持ちも考えずに、いなくなった。店内の照明が不自然に明滅を繰り返す。その光景がとても不気味だった。
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