第12話 微かな希望を胸に

 サンドムーンはスカイボード専門店。スカイボードのセット売りはもちろん、エンジンやトラック、シューズに至るまで。スカイボードに関連した様々な商品を取り揃えている。


 客人の多くはプレイヤーだ。だけどたまに子供や親子連れがやってくる時がある。そういった子のほとんどが、新しくスカイボードを始める子だ。でも――。


「俺をけい選手に紹介して下さい。慧選手に弟子入りしたいんです」


 「慧の弟子になりたい」からとこの店に来る客は初めてだ。慧を紹介して欲しいという声に、客の方を向いた。そして絶句する。


 とても珍しい紫色の髪。色素の薄い、琥珀色の瞳。つり目がちなその目も、顔つきも、驚くくらい似ている。死んだはずの陽向ひなたに、そっくりだ。


 一瞬、クローンかと思った。他人の空似にしては似すぎている。偶然ってレベルじゃない。実は陽向に一卵性双生児がいてその片割れだったとか、僕の知らないところで用意していたクローンがやってきたとか、そんな有り得るはずのない想像ばかりが浮かんでは消えていく。


「君、名前は?」


 見た目から察するに、多分陽向と同じ十四歳くらい。そんな少年の名前を真っ先に聞いたのは、その見た目があまりにも陽向にそっくりだったから、なのかもしれない。


 髪の色なんて、遺伝子治療でいつでも好きな色に変えられる。慧の水色は地毛だし、陽向の紫色も地毛。だけど、紫色の髪は遺伝子治療が難しいらしくて、滅多にいない。紫色の髪にする人なんて、陽向以来だ。


しょう赤兎馬せきとば、翔」

「そっか。翔君はスカイボード、持ってる?」

「うーんと……持ってる! ネイビーの、柊慧モデルのやつ!」


 ネイビーのデッキ、か。確か慧が競技用で使ってる方だな。スポンサーが、慧が大会で優勝した時に慧モデルを販売した。あれ、限定500本の販売だったからすぐに売り切れたはずなんだけど。


「エンジンもプロペラもトラックも、全部柊慧モデルなんだぜ。競技ウェアもシューズも、慧選手と同じモデルを揃えたんだ」

「でもそれじゃあ、ただのになっちゃうんじゃない?」

「そうなんだよな。だから、こうなったら慧選手に弟子入りするしかないよなって。で、技とかカスタマイズとか教えてもらうんだ」


 慧に弟子入りするってところまでは、よくファンがする思考だ。でも、そこからどうしてこの店に辿り着いたのかが不思議。この店を慧が利用してるって情報は誰も知らないはずなんだよね。


 サンドムーンはスカイボード専門店ではあるけど、知名度があるわけじゃない。西の方からやってきた移民が始めた店と知って去っていく人も多い。そんな店をスカイボード選手の慧が行きつけにしてるなんて、誰も思わないから。


「どうして、ここなら慧選手に弟子入りできるって思ったの?」


 聞いてみなきゃ始まらない。そう思って、感じた疑問をぶつけてみた。翔と名乗った少年は僕の疑問にニヤリと歯を見せて笑う。


「さっき、が教えてくれたんだ。『慧なら、この店のオーナーが知ってるよ』って」

「透き通った兄ちゃん?」

「うん。俺によく似た透き通った兄ちゃんが、さっきそこの壁からすり抜けてきたんだ。ねぇ、お願い。お願いします。俺を慧選手に会わせて! 俺、絶対にこの店のこと内緒にするから」


 透き通った兄ちゃんは話を聞く限り、十中八九陽向のことだと思う。だとして、この子はどうして陽向が見えるんだろう。どうして陽向はこの子に声をかけたんだろう。


 幼馴染によく似た見た目をした翔に、胸が高鳴る僕がいた。陽向が生き返ったんじゃないかと思ってしまう僕がいた。そして同時に思ったんだ。


 この子なら、慧が立ち直るきっかけになるかもしれないって――。


「会わせても、弟子にしてもらえるかは分からないよ?」

「それでもいい」

「君をどうするか決めるのは僕じゃなくて慧選手。もし慧選手が弟子入りを拒絶したらどうする?」

「……弟子にしてもらえるまで、頑張る」

「何を言われても? 弟子になれなくても?」

「うん」


 陽向によく似たこの子を紹介したらきっと、慧は拒絶するだろうな。だって、慧を苦しめている幼馴染の面影があるんだから。それでもこの子が諦めないっていうのなら……陽向の賭けに乗ってみるのも悪くないのかもしれない。


 慧がこの子を、翔を弟子にしたなら。翔がきっかけでまたスカイボードに乗れるようになったなら。そして、慧が自分のために空を飛ぶようになったら。


「……話はしてみるよ。で、返事が来たら、どんな結果であれ伝える。それでもいい?」


 希望を胸に返事をすれば、翔が嬉しそうに笑う。その姿に、スカイボードに乗る慧を見ていた陽向の姿が重なった。ああ、この子はどこまであいつに似てるんだろう。


「じゃあ、これから話をするためにお店閉めるから、外に出てくれる? で、今日中……は無理だろうけど、今週中には伝える。それでいいかな」

「うん。ありがと」


 翔と名乗った少年が駆け足で店から出ていく。その走り方一つ、行動一つが、やっぱり陽向に似てて。両目を拭う間もなく、雫が瞳からこぼれ落ちていった。

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