第11話 いるはずのない君へ
その体は透けていて、体越しに店内の商品が確認出来る。紫色の髪は生前と違ってボリュームが無いように見える。多分、ワックスで髪を立たせていないから。
だけどその姿も声も、間違えようがなかった。一年前の事故が起きるまで何度も見聞きした、幼馴染のものだから。それでも今日まで気づかないフリをしてたのは、信じたくなかったから。
「見えるはず、ないよな。
「見えてるよ、
ため息と共に吐き出された陽向の言葉を無視することなんて出来なくて。考えるより先に、その声に応じてしまう。
「おいおい、マジかよ、砂月。いつから見えてんの?」
「あの事故の日から」
「一年も見えていたのに俺の事スルーしてたわけ? 既読スルーよりタチが悪いぜ」
「信じたくなかった。見間違いだって信じたかった。……幽霊が見えるなんてこと、すぐに信じられるはずないじゃないか。非現実的過ぎる。オカルトの世界の話だ」
そう、テクノロジーの進んだ現代じゃ考えられない話なんだ、幽霊なんてものは。あんなオカルト話を信じるのは一昔前の人達でしょ。今の世の中、幽霊が見えるなんて言ったら狂人と間違われる。
幽霊は人の作り出した妄想だ。怪奇現象は幽霊の仕業じゃなくて、何かしらの原因がある。それはいくつもの論文で証明されている、現代の常識だ。なのに――。
「妄想にしてはリアルだね」
「妄想じゃない、本人だ。そもそも、妄想だったらこんなに会話噛み合わないだろ」
「何言ってるの? 妄想だから会話が噛み合うんだよ。脳内で自問自答してるだけだからね」
認めたくない、信じたくない、信じられない、有り得ない。幽霊なんて科学的根拠のないものは、存在しないはずなんだ。幽霊なんて昔の人が信じてた妄想で、今じゃ数少ないオカルトマニアが信じているだけ。
なのにどうして、僕の目の前にいる陽向は自発的に動いたり話したりするんだろう。妄想なら、僕が作り出した偶像なら、想像通りにしか動かないはず。
「慧って、もう一年もあんな感じだよな」
「そうだね」
「人生のほとんどを響に捧げて。俺の死を自分のせいにして。あいつ、馬鹿だよな。昔から思ってたけど、やっぱり慧はバカ猫だ」
慧が響を大切に思ってるらしいことは知ってる。だけど僕は、慧がその人生のほとんどを響に費やしてるなんて事実、知らない。
僕の家族は他の地域からトーキョーに移住してきた。慧の両親に連れられて、トーキョーで暮らし始めた。だから、同い年の慧、響、陽向について僕が知ってることは数える程しかない。
慧の両親が僕の一族を守って死んだこと。慧がスカイボードの選手として活躍して、響を養っていたこと。響が慧のスカイボードを調整していること。そして、陽向がスカイボードから転落して死んだこと。
「京本一族ってさ、西の方だっけ?」
「そう。西の町、キョートから来た」
「キョートってあれだよな。なんとか晴明がいたって場所だろ?」
「『安倍晴明』だね」
「それそれ。ってことはさ。砂月も陰陽師の血を引いてるから俺が見えるとかか?」
「昔の迷信なんて信じちゃダメだよ。オカルトな話のほとんどには、科学的又は物理的根拠があるんだから」
そもそも出身地しか合ってないよ。僕は西の方の、京本一族の生き残りって設定だ。出身地しか正しくないけど。キョードー出身だからってそれが陰陽師の血を引くことにはならないし、幽霊が実在する証明にもならない。
「じゃあ俺、ちょっと慧の様子見に行ってくるわ。で、戻ってくる」
「……いってらっしゃい」
幽霊ってそう簡単に動けるものなのかな。原理はわからないけど、陽向はその透き通った体で壁をすり抜けて外へと向かっていった。その異様な光景を見てもまだ、陽向が幽霊だって受け入れられない。
埋められない溝は、一緒に暮らしていない期間は、どんなに頑張ったって埋められない。陽向が慧を気にかけているのに、それを見送ることしか出来ない。
ねぇ、誰か教えてよ。幽霊が見えた時、幼馴染が困っている時、どうしたらいいんだろう。僕は、その答えを知らないから……。
僕はもう一度、慧の笑顔を見たい。慧に、自分のために空を飛んで欲しい。ただそれだけなんだ。
「あの! すみません!」
幼馴染との接し方に困っていると、聞き覚えのあるような声が店内から聞こえてきた。
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