第4話 誰よりも空を求め

 所狭しと並べられた、カラフルなボード。壁にはボードの選び方やスカイボードを始めるにあたっての注意書きが貼られている。


 十五分もあれば一周できる店内には、スカイボードに関連したグッズばかりが並ぶ。ボードはもちろんのこと、プロペラやエンジンも、色んなメーカーの物を取り揃えてある。


 そんなスカイボード専門店「サンドムーン」を経営する若いオーナーは、僕の姿を見るやいなや面白そうに笑い始めた。


けいってば、また一人で考え込んでるの?」


 昔に流行ったというコケシ人形。それによく似たおかっぱ頭。色白の肌と寒くないのに身につけた深緑色のマフラーがやけに目立つ。相変わらず、変わった見た目をしてると思う。


 西の方、キョートから移住してきたというオーナーは幼馴染で、僕より年上。僕より大人っぽくて、しっかりしてる。そして……父ちゃんが守った、すごい一族の末裔だ。父ちゃんのことを話せる数少ない人で、僕を支えてくれる人。それが――。


砂月さつきに言われたくないにゃ」

「今日も律儀に猫語使ってるねぇ」

「コケシ頭に言われたくにゃい!」

「コケシ頭なんて古い言葉、よく知ってるね」

「もう、さっきからなんなのにゃ!」


 砂月は僕の反応を楽しんでばかりいる。笑い声と共に揺れ動く黒髪が、目に痛い。


「で、いつ話し方戻すの?」

「秘密にゃ」


 この話し方は、当分戻すつもりはない。この話し方なら、響が笑ってくれるから。話し方一つで響が笑うなら、僕はこの話し方を続ける。いつか、響と素で向き合える日が来るまで。


「じゃあ、いつ飛ぶの再開する?」

「砂月もその話かにゃ?」

「だって、一応大切なお客様でしょ? 飛ぶのを再開するなら、今以上に商品を揃えないといけないからね」

「それはあるかもにゃ。僕ちんがパーツ買うのはここだけだからにゃ」


 笑って誤魔化したつもりだけど、上手くできていたかな。


 響も砂月も、僕がスカイボードを再開する日を聞いてくる。あいつの事件を知った上で、聞いてくる。僕が飛びたがってるのを知っていて、飛びたいのに飛べないのを知っていて。それでもまだ聞いてくる。


 僕達は一つのチームだった。響が僕に合うようにスカイボードの最終調整をして。砂月が僕のためにスカイボードの部品をどうにか取り寄せてくれて。そしてあいつが、大会の度にコースとか対戦相手のこととか調べてくれた。


 僕達は一つのチームとして動いて、いくつもの大会で優勝してきた。賞金でいくら稼いだかな。しばらくは働かなくても生活できるくらいは稼げた気がする。賞金のために飛んでたわけじゃないのに、昔の僕に救われてるのがなんだか悔しい。


「真面目な話、慧のファンって多いんだよね。さすが、『空飛ぶ天才』なんて呼ばれるだけあるよ」

「今は飛んでない」


 『空飛ぶ天才』だなんてダサいネーミングは、どこかの記者がつけたニックネームだ。僕は少しも気に入っていない。「天才」なら、幼馴染をスカイボードで死なせたりしないよ。好きな子の左目を奪うこともしない。


「……気晴らしにさ、新しいパーツでも試してく?」

「へ?」

「今は飛んでなくても、スカイボードが好きだから来たんでしょ? じゃなかったら、わざわざ僕の店にスカイボードを持ってきたりしないからね」


 図星だった。砂月の言う通りだ。


 『サンドムーン』に来る時はついついスカイボードを持ってくる。今は選手として活動しなくても、スカイボードだけは忘れない。それは、スカイボードが大好きだから。


 スカイボードで幼馴染が死んでも、スカイボードを飛ぼうとする度に嫌な記憶が過ぎっても。スカイボードは僕にとって体の一部なんだ。離れたくても離れられなくて、だからこそ辛い。


 これまで、スカイボードは持ってきてたけど……室内で飛んだことは無かった。あの日以来、スカイボードはただ持ち歩くだけの玩具でしかなくて。空を飛ぶための乗り物はこの一年、ただのお荷物になっていた。スカイボードに乗るのは、一年ぶりだな。


「バッテリーの充電は出来てる?」

「僕ちんがスカイボードの充電を忘れるはずがないにゃ!」

「お好みのパーツはありますか、お客様?」

「ベアリングとプロペラが見たいにゃ。トラック、デッキテープ、シューズも気になるにゃ。それと、今のスタイルに合わせてデッキの反りを減らして……」

「通常運転みたいで一安心だよ。それじゃ、お客様の納得がいくまでカスタマイズしますか!」


 重い胸中とは真逆で、スカイボードについて語りだした口が止まることはなかった。パーツについて語り出した僕を、砂月が時折頷きながら聞いてくれる。


「ちなみに今日のスカイボードはどっち?」

「もちろんプライベート用にゃ! 競技用は響が話してくれないからにゃ」

「響は慧専属の調整者だからね」

「競技用は響に任せて、プライベート用は僕ちんの好きにカスタマイズするのにゃ」

「それと似たようなこと、この前響から聞いたよ」


 笑いながらも、商品であるはずのスカイボードのパーツを僕の前に並べていく砂月。これでもかとパーツを並べると、ニコリと笑って告げた。


「さぁ、好きなものを選んで」

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