第3話 頭から離れない記憶

 部屋に入って最初に目につくのは、スカイボードだった。スケボーによく似た板。そこに、タイヤの代わりにプロペラが付いている。エンジンはボードの上に取り付ける。


 そのスカイボードは、僕が最近までプライベート用で使っていたものだ。オレンジ色に塗られた、スケートボードのデッキによく似た細長い楕円形のプラスチック板。プロペラの部分もオレンジ色だ。


 デッキに貼られた、何枚もの黄色い星のステッカー。そのうちの1枚は別のステッカーに上貼りしたもの。星のステッカーの下から、元々貼られていたステッカーがうっすら見えている。


 星の下からその姿を覗かせる、鳥の翼を模した赤いステッカー。あいつと一緒に選んだ、思い出のステッカー。剥がす勇気もなくて、別のステッカーで上貼りするのが精一杯だった。


 剥がしたら、あいつとの思い出が消えそうで。あいつのことを忘れてしまいそうで。でも、別のステッカーを上貼りしたからってあいつの事故を乗り越えられるわけでもなくて。


 ステッカーを選んだ時に言われた約束、今でも覚えてる。今思えばあれは、あいつの遺言だったのかな。ごめんね。僕、まだあの約束、守れてないんだ。


「……陽向ひなた。なんで、死んだんだよ」


 あいつの名前を口にするだけで、全身に鳥肌が立った。目を閉じればあの日の光景が過ぎる。頭に焼き付いて離れないあの光景が、僕を苦しめる。


 ボードを横回転させつつ自らも飛ぶ「ジャンプ」。トリック自体の難易度は中級。そんなに難しトリックじゃない。着地に気をつけるのと、ボードの回転数をコントロールするのがポイントの、大して点数も稼げないトリック。


 あいつは、そのトリックを決めたのはいいけど、着地に失敗した。調子に乗ってボードを回転させすぎたんだと思う。ボードの上に上手く着地が出来ず、呆気ないほど簡単に体が地面に落ちていった。


 トリックに失敗するのは珍しくない。だからプレイヤーはみんな、いざという時に備えてパラシュートを身につけている。パラシュートがあれば、トリックに失敗しても、失格になっても、またスカイボードが出来る。生きてさえいれば、どんなことでも出来る。


 でもあの日、あいつのパラシュートは開かなかった。身につけていたパラシュートはワイヤが伸びただけで、肝心の傘の部分が広がらなかった。


『あの事故はけいちゃんのせいじゃないでしょう?』


 さっき響に言われた言葉が頭を過ぎる。


 あいつがスカイボードを始めたきっかけは僕だ。直接ではないにしても、間接的に僕が死なせたんだ。その事実は、誰がなんと言おうと変わらない。変わらないんだよ。


 でも、響の言う通りでもあるよね。いつまでも今のままじゃダメだ。響の治療費を、生活費を、僕が全部出すって決めたから。そのためのお金を稼がなきゃ。


 これまで、スカイボードの大会で何度も優勝して、その賞金で生きてきた。この前までは、スカイボードで空を飛ぶことに恐怖なんて感じなかったから。だけど今は、怖い。


 空を飛ぼうとすると、あいつの姿が過ぎるんだ。懐かしかった思い出も、僕の目の前で落ちていったことも、その最期の姿も。


 飛ぶのが怖いってわけじゃない。スカイボードに乗ろうとすると過ぎる、あいつとの思い出。またあいつみたいな犠牲者を出すんじゃないかって思うと、空を飛べなくなる。


 スカイボードは大好きだった。僕ならどんなトリックも決められた。風に乗って誰よりも速く華麗に飛んで、数え切れないほどの勝利を決めてきた。だけど今は、あんなに好きだったスカイボードが怖い。


 もう、誰も死んで欲しくない。僕の周りにいる人は誰一人、老衰以外で死なせたくない。事故死するきっかけを僕が作るなら……。


 脳裏に浮かんだのは、響が死ぬ姿。僕の真似をしてスカイボードに乗って、空から落ちる姿。それを、首を左右に振ることで頭から振り払う。一人になるとダメだ。良くないことばっかり考える。


 こんな時、僕が行くところは決まってる。あそこに行けば、響でもあいつでもない、もう一人の幼馴染に会えば、少しは冷静になれる。いつも通りにキャラを作れる。


 そうと決まれば、スカイボードを片手に出かけるに限る。行動を決めて、誰に聞こえる訳でもないのに声に出してみた。


「『サンドムーン』に行くか」

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