第29話 グルグルハーフタイム
ゾンビのようにベンチへ戻る我が海東大チーム。
ハンドボール部との試合では何とか前半後半体力が保ったけど、あれから練習してより体力が付いているはずなのに、たった七分ぐらいでこうもフラフラになるなんて……。
時計が止まらないランニングタイムで良かった……。
サッカーみたいに、ボールがラインを割ったら時計が止まるプレイニングタイムなら、倍近い時間プレイして、今頃どうなっていたか……。
実際試合では、体力も神経も二倍以上消耗している気がする……。
ましてや相手が強豪であればあるほど、それに比例して……。
でも、私よりも麗人先輩やお嬢先輩、ワイルドの方が疲れているはず……。
慌てておしとやかと不思議が三人に駆け寄ってくる。
「ハァハァ……私はいい、ワイルドと……ハァ……お嬢を頼む」
麗人先輩は二人にマッサージを指示した。
私も呼吸を整え水分と糖分を補給すると
「ハァ……麗人先輩、ハァ……マッサージ、手伝います」
「す、すまん」
佐々木先輩がいじわるそうに茶々を入れると思いきや。
「へぇ……何とか前半は保ったわねぇ。えらいえらい。それよりもぉ、ウチの連中の方がたるんでいるわねぇ。いくら初見のチームが相手とはいえ、あの程度の勝利条件で攻めきれないなんて……やっぱ使えない連中ね。だから二軍なのよ」
そうさせたのは貴女でしょうに?
……てか最後の言葉は本音が出ちゃってますよ!
そのうち大京大の方々の個人点数、0点どころかマイナスになるんじゃないかと心配……する余裕なんてこっちにはない。
ハーフタイムは十五分。その間に何とかみんなを回復させないと……。
「……ちょっと失礼。お花を摘みに行ってきますわ」
アイツもふわふわではなくフラフラでお手洗いの方へ。
あれ? 確かサメは用を足さないんじゃ……?
麗人先輩が私に向かって息も絶え絶えに口を開いた。
「私はいいから……シュモクさんを……見てやってくれ」
「あ、はい!」
「……救急箱を持ってな」
「……わ、わかりました」
言われたとおり救急箱を持って行くけど、ナゼだろう? ケガをしているようにはみえないけど?
「……これも持って行ってくれ」
不思議がカバンを差し出した。
「予備のプロテクターだ。付けてやってくれ」
「……わかった」
女子トイレに入っていったから後をつけると、あれ? 個室のドアは全部開いている?
でも水の流れる音が? 一番奥の掃除道具入れから?
締め切っていないドアの隙間からのぞくと……シンクの中に入って、蛇口から流れる水をプロテクターの上からシャワーみたいに浴びているあいつの姿が……。
「くぁ~きくぅ~……草津の湯より体に染みるでぇ~……」
そうか……アイツ、何十本ものシュートを体に浴びて……。
それでも……ゴールを護って……。
麗人先輩はこのことを知っているから救急箱を……。
馬鹿だ私は……。たった七分間試合に出ただけで弱音を吐いて……。
私はゆっくりとドアを開けた。
「な、なんやネエチャンか!? びっくりさせんでやぁ~」
「湿布……貼ってあげる」
便器に座ってプロテクターをとる。
顔の
首から胸びれ、背びれに尻尾まで赤く腫れていた。
……こんなになるまで。
ペタペタと湿布を貼って、細かいところはハサミで切って張ってあげる。
そしてミイラみたいに包帯をぐるぐる巻いた。
コイツは黙って私の太ももの上に身を預けていた。
最初の練習の次の日には筋肉痛になって、あんなに泣き言を言って、湿布貼るだけでも騒いでいたのに……。
「スマンなネェチャン……十四点も入れられてしもうて……」
その言葉になぜだかわからないけど、
”ペチン!”
包帯の上から軽く叩いてしまった。
「ひぎゃああ! な、なにすんねんネエチャン!」
「……泣き言言わないでよ。アンタが言ったでしょ? 『元気は気から』って。 みんなくじけそうだよ……。空元気でもいいから……私たちを元気にさせてよ……。このままじゃ……負けちゃうよぉ……勝ちたいよぉ……」
「……ネェチャン」
ここまで奮闘しているコイツのために、勝ちたい!
「……そうか。ならネエチャンの力が必要やな。ワイの言うとおりにできるか?」
「……うん! なんだってやる!!」
プロテクターを付けてお手洗いから出てくると、みんなは輪になっていた。
「おっ! 円陣かぁ! ネエチャン急ぐで!」
「うん!」
― ※ ―
円陣を組むと、みんなの顔色が変わった。
そうか、コイツの湿布の匂いがみんなの鼻に……。
「シュモクさん……」
「シュモク……お前」
「カナヅチ……」
「オホホホ! ちょっと香水を変えてみましたのよ」
みんなの顔が一瞬曇ったけど、すぐ険しい顔になった。
どうやら私と同じように闘志に火をつけたみたいだ!
麗人先輩が作戦を説明する。
「先ほど佐々木さんに聞いたんだが、後半、大京大はキャプテンとゴレイロを残して、後は残りの二年と一年を順番に使うみたいなんだ」
「そんな! 総入れ替えじゃないんですか?」
ゴレイロも一年生に代わるから、少しは勝機が出てくると思ったのに。
何より、コイツの考えた作戦が……。
「それだけ向こうは後がない証拠さ。本当なら二年だけで前半で二十点以上入れて、後半一年生を総入れ替えしたかったみたいだけど、みんなの頑張りでそれを阻止できた。だから焦っているのさ。そこにつけいる隙はある!」
「そうか、二年と一年の混成チームじゃ、ギクシャクするかもですね」
おしとやかが的を射る答えを導き出した。
「そういうこと。それでは後半戦に向けてのかけ声をシュモクさんにやってもらおうか」
「あら、よろしいんですの? では僭越ながら、コホン
『いい!? 貴女たち! 負けたらおじさま達の前で龍宮城の鯛やヒラメの舞い踊りをしてもらうわよ!!』」
「「「「「「おおおおぉぉっ!!」」」」」」
「あら、面白そう。私も一応海東さんの臨時コーチみたいなモノだから、もしそうなったら敗戦の責任をとって乙姫役で一緒に踊っちゃおうかしら?」
佐々木さんがいじわるそうに微笑むけど、どっちの味方なんだろう?
こんな小悪魔どころか本当の悪魔みたいな先輩をもつ二軍の方達を、ちょっと同情しちゃった。
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