第27話 ポンポンPK

 さすがに通常のペナルティーマークからじゃ大人げないと、佐々木さんはセンターサークルの中心にあるセンターマーク上にボールを置いた。


「ティモちゃんも海東の皆さんもご安心を。本気では蹴りませんよぉ~。そうねぇ、半分ぐらいの力かしらぁ?」


 ……ティモちゃん??? ああ、コイツの名前か。

 一瞬、脳細胞が痙攣を起こしちゃった。


「意外と距離がありますね」

 おしとやかの疑問にワイルドが説明してくれる。

「私がシュモクとゴレイロの練習した距離は、ゴールから約十メートルのペナルティーマークからなんだ。そして今、佐々木さんが立っているセンターマークは、ゴールから約二十メートル。倍だな」


「だったらまだ何とかなりそうですね。半分ぐらいの力で蹴ってくれるみたいですし」

「でも私のペナルティマークからのシュートよりも、あの場所で放つ佐々木さんの半分のシュートの方が……おそらく速い」


「「「「!!!!」」」」


 女子サッカーもやっている麗人先輩が補足する。

「それに二十メートルなんて、サッカーで言えばゴールからペナルティアークまでの距離。あの場所は一流選手にとっては十分シュートエリアなんだ」


 あちらのキャプテンさんが佐々木さんに声をかける。


「佐々木先輩、ウォーミングアップはよろしいのですか?」

「あらぁ? えらくなったものねぇ? いつから私に忠告できる選手になったのかしらぁ?」

「も、申し訳ございません!」


 やっぱり怖いよこの人。


「あ、海東の皆さんご安心をぉ~。ここに来る前に一時間ぐらいウォーミングアップしてきましたからぁ~」


 ウォーミングアップに一時間!?

 でも、息も切らしていないし体も上気していなかった。あれが全国の、プロへ行く人の体!?

 まさか本当に飛び入り参加する気満々だったとか!?


「おお! 佐々木様のPKを間近で見られるなんて!」


 後ろのおじさま達が一斉にスマホを構えている。


「それじゃあいくね。ティモちゃんから見て、ゴールの左上にシュートするからね」

「かしこまりましたわ」


 まさかの予告シュート!?

 サッカーゴールより半分ぐらい幅が小さいのに、その角の一つにシュート!?

 い、いや、今はそれよりアイツだ。がんばれ!


『ねこ~ぱん~』


 変わったかけ声を口ずさみながら、一歩、一歩とステップを踏ん……。


『ち!』

”ピシッ!”


 え? 脚が見え……


”ズバァーン!” 

”ピピ~!”

『ゴール!』


 線審をしてくれる大京大の一年の人が旗を揚げる。


 え!? 入ったの??

 アイツは……微動だにしていない。


『おおおお~!』


 おじさま達の歓声とどよめきが混じった声が背中に当たる。


「お、おまえ今、ボール見えたか?」

「そ、そういうおまえは?」


 麗人先輩とワイルドは何とか見えたみたい。


「ちょっと強過ぎちゃったかしら? じゃあ二本目は左足で、ティモちゃんから見て右上に蹴るわね~」

「お願いしますわ~」


 だ、大丈夫か?


『ねこ~ぱん~ち!』

”ピシッ!”


「とう!」

 アイツが右上に跳んだ!

 ボールは、え!? 低い! ゴールの半分ぐらいの高さだ!


「えいっ!」

”チッ!”

 伸ばした右の胸びれが触った!


”ズバァ~ン!”

”ピピ~!”

『ゴール!』


 入っちゃった……。


「へぇ~やるじゃない。反応の速さ。そして、私の言葉にだまされないところがねぇ」

「こう見えてもそれなりに修羅場はくぐっておりますのよ。オホホホホ!」


 雌狐とシュモクザメの化かし合い……は、失礼なたとえだな。


「さ、触った。佐々木先輩のサブマリン潜水艦シュートを初見で……」


 今度は二軍チームの人がどよめいている。


 ちなみにサブマリンシュートとは、ディフェンスであるアラやゴールキーパーであるゴレイロの股下を狙って放つ、超低空シュートみたいだ。

 ハンドボール部との親善試合の時、おしとやかが放ったけど、強さや速さ、そしてコントロールはもちろん段違いだ。    


「それじゃあ、ちょっと本気を出そうかしらねぇ」


 にこやかな佐々木さんの顔が、ちょっと真面目になる。


「で、でるか! 《ツバメ返し!》」


 おじさま達さっきもその言葉を言ってたな。必殺技かなんかかな?


「じゃあ今度は、ティモちゃんの左下にシュートするねぇ~」

「受けて立ちますわ!」


 左下? ピッチは人工芝じゃなくフローリングだから、ボーリングみたいに強く転がすのかな?


 実はここからのナレーションは、あとでビデオをスローで見たときの言葉なのだ。


『ねこ~だま~』

 さっきとかけ声が違う!

『し!』

”ポーーン!”


 え? フライ!?


 ボールは明後日の方向、アイツから見て左下じゃなく右上に飛んでいった。

 しかも射線はとっくにゴールから外れている。シュートミス?


「でたぁ!」

 おじさま達が叫ぶ。あれがツバメ返……。


”ググググググ……”


 え? 左にカーブ!? しかもフォークボールみたいに失速している。スライダー?


「くっ!」


 アイツが左前へ跳ぶけど、あと一歩でボールに触れない。

 でもこのままボールが跳ねてもゴールの左へ……。


”ポン! ポン、キュル!!”

 え? ボールが二回跳ねた瞬間! ボールが回転!? スピン!


”ピン!”

 アイツから見て左じゃなく、”右!”、ゴール右下へ向かって転がっていったぁ!?

 『ゴルフでいうバックスピンだな』は、のちのワイルド談。


「こなくそ!」

 アイツはボールに向かって尾びれを伸ばした。


”ボン”

 なんとかボールを蹴った! そして


”ガン!”

 ゴールポストに当たった。けどボールは?


”ポン……ポンポン”

 落ちたのはゴールラインの……手前だぁ!


『よっしゃぁ!』

「やりましたわぁ!」

 ワイルドの雄叫びを筆頭にうちらみんなが万歳する。


 要するにツバメ返しとは、山なりのループシュートに回転をかけ、着地時のバックスピンでゴールを狙うシュートである……と思う。


「う、うそだろ……」

「センターマークから半分の力とはいえ、ツバメ返しが破られた」

「こりゃ、歴史が変わるか!?」


 コラコラ おじさま達、大げさすぎますよ。


「あらあら、やられちゃったぁ。でもおかげで、ツバメ返しの弱点がわかったわねぇ」


 ― ※ ―


 のちの佐々木さんのがおっしゃるには、ツバメ返しはバックスピンの回転が一定のため、ゴールの手前で跳ねても、一流のゴレイロなら一呼吸置けば容易にキャッチできるそうな。

 そうでなくても今のコイツのように脚を伸ばしてボールをはじき飛ばす手もある。


『確実にゴール狙うより、いっそ、どこへ跳ぶかわからないように回転をかけようかしら。その方がおもしろそうだし』


 なんか佐々木さんって、プレイ内容や勝ち負けがどうこうより、純粋にフットサルを楽しんでいるんだな。


 ― ※ ―


 ”ふぅ~!”と一息つく佐々木さんの顔は、たった三本のシュートを放っただけなのに上気して汗が流れている。

 なんだろう、すごいセクシー、いやかっこいい!

 おじさま達のハートがわしづかみにされる気持ちがわかる気がする。


 そして佐々木さんはキャプテンさんへ振り向いた。

「と、いうわけだけど、あなたたちはぁ、まだ海東さんに文句を……言えるわけないよね」


 怖い言い方ではなく、茶目っ気混じりにウインクする佐々木さん。

 ツバメ返しが破られたことで、キャプテンさんを始め二軍の方々は”ぽか~ん”と口を開けて固まっていたのだ。

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