第26話 いよいよ試合!

 土曜日のお昼過ぎ。

 地下鉄の終点から高架のリニア鉄道に乗り換える。

 コイツは子供のように窓にかじりついて、外の景色を眺めていた。


「はぁ~。ワイの子供の頃はリニアモーターカーなんて学習雑誌の未来予想図でしか見たことなかったのに、長生きはするもんやな~」

 ヲイ、アンタ、ティモール海出身じゃなかったのか?


 下車し、少し歩くと大きな倉庫のようなフットサル場が見えてきた。

 本当に倉庫の跡地なんだな。

 受付で登録を済ませて更衣室でお着替え。

 対外試合のため、みんなはユニフォームの上にビブス(ゼッケンが書かれたベスト)を着用する。


 1はキャプテンである麗人先輩。

 2はワイルド。

 3はお嬢先輩。

 4は不思議。

「くっくっく! まさに死神である我にふさわしい番号。大京大学の首の根を刈り取ってくれようぞ」

 5はおしとやか。

「GO! GO! ですね。がんばりますわ!」

 6は私で7はコイツ。

「おっほっほっほ! これはまさに勝利の番号! ビギナーズラックで大京大学を翻弄ほんろうしてさしあげますわ」

 う~ん。強いのか弱いのかわからん。


 ゴレイロであるコイツのプロテクターを、いつものように不思議が取り付けるが、今日はなにやら横にバスケットが置いてある?

「ちょっと時間がかかりますので、先に行ってください」

 不思議らしからぬ言葉使いには慣れたけど、なんだろうな?


 ドアを開けると、金網で囲まれたピッチが二つあった。

 人工芝の方は社会人の男の人たちかな? おじさま達が汗びっしょりでピッチ上で腰を下ろして談笑している。試合が終わったのかな?


「まだあちらは来ていないみたいだから、先にウォーミングアップしておこうか?」

 ストレッチや軽くボールを蹴っていると、人工芝と床コートを仕切ってある金網越しから声が聞こえてきた。


「お嬢さん達大学生? どこの大学?」

「海東学院大学です」


 お嬢先輩が答えた。もしかしてナンパ?


「へぇ~あそこにフットサル部があったんだ?」

「まだ同好会ですけどね。応援よろしくお願いします」


 さすが年上の女性。おじさま達の扱いが慣れている。

 ……ちょっと失礼かな?


「おう、いいよいいよ! 俺たちもう試合終わったから全力で応援しちゃうよ。んで、今日はどことやる……」

「お、おい! あれ!?」

 おじさまの言葉を別のおじさまがさえぎった。


 更衣室から現れたのは、今日の対戦相手。

 大京大学女子フットサル部、二軍チーム!

 ざっと、十四人!

 スタメンは五人で交代要員は最大九人だから、フルメンバーだ!

 さすが強豪校。うちらウサギ、いや、シュモクザメを倒すのにも全力……あれ? 変なたとえだな。


「大京大学! 中部地区代表じゃねぇか!」

「まじか!? あの全国優勝候補の!?」

「い、いや、あの白のユニフォームは二軍だ。一軍なら赤のユニフォームだからな」

「それでもすげえぜ!」


 皆さん詳しいんだな。

 餌をもらうお猿さん……これは失礼だな。みたいに、おじさまたちが一斉に金網に集まってきた。

 さすが強豪校。おじさま達のハートをわしづかみ……は、もっと失礼だな。 


「遅れて申し訳ありません。本日はよろしくお願いいたします。すぐ準備しますのでもうしばらくお待ちください」


 二軍のキャプテンらしき人が頭を下げると、他のメンバーも頭を下げる。

 うちらと同じ二年と一年のチームだけど、強豪校でも鼻にかけない、礼儀正しいな。

 麗人先輩が立ち上がって挨拶を返す。


「いえ、こちらも今来たばかりです。どうぞごゆっくり。本日はよろしくお願いします」

 私たちもいったん体を止めて礼をする。


「お、おい、どっちを応援する?」

「心情的には海東だけど……」

「大京大女子チームはうちら草チームのスター、いや、アイドルだしな」

 コラコラ、聞こえていますよ。 


「急げカナヅチ! みんな来ているぞ」

「お待ちになって不思議さん!」


 やっと来たか。なにをそんなに時間がかかって……ええええええ!?

 そこへ大京大のキャプテンが険しい顔をして麗人先輩に近づいてきた。


「あ~失礼。海東のキャプテンさん」

「あ、はい、なんでしょう?」

「メンバー表にある『ティモール・シュモク・鮫島』って、あの“人”ですか?」

 そう言いながらこっちに飛んでくるアイツに顔を向けた。

「そうですが?」


 ミーティングで、メンバー表に書くコイツの名前をどうするのか考えていると、不思議がその名前を提案した。


『どうせならハッタリを効かせましょう。ハーフっぽい名前の方がいいんじゃないですか。あちらが勝手にブラジル帰りと思ってビビってくれればもうけものです』


 現に大京大メンバーの顔つきが違っていたし、むしろ本気にさせてフルメンバーで来ちゃったけどね。


「ふざけているんですか? だってあの“人”はどう見ても……」

 ブラジル帰りのハーフ(?)と思っていた相手がまさかのシュモクザメだからね。

 こりゃ、本気を通り越して怒らせちゃったかな?


『男じゃないですかぁ!』


 ……やっぱり人間、二つ同時には突っ込めないんだな。


 ちなみにアイツの顔一面には白粉おしろい、飛び出た目のまわりにはアイシャドウにつけまつげ、頬ではなくエラのあたりには紅をまぶし、でっかい口には深紅のルージュが塗られていた。


 ……どこの馬鹿殿様だよ。


 なるほどね。あのバスケットにはコスプレで使う化粧道具一式が入っていたのか。

 アイツのでかい口にルージュを塗るのだけでも時間かかりそう。


 そんなやりとりに、金網越しに見ているおじさま達もざわついている。

 あれ? うちらじゃない? 更衣室の方を向いている?


「声を荒げてどーしたのぉ? 相手チームの方に失礼ですよぉ?」

「あ、ささ……き、先輩」


 キャプテンさんがうろたえている。

 目線の先には長い黒髪に赤いジャージを着て、胸元には『大京大学』、左の二の腕には『佐々木』と結いつけてある、ちょっと細めの女性が歩いてきた。


 赤って……もしや一軍メンバー!


「お、おい! あれは『ツバメ返し』の!?」

「ああ、エースストライカーの佐々木“様”だ」

「まさかここでお目にかかれるとは!」


 おじさま達にとってアイドルを通り越して神様である一軍メンバーが、ピッチ上に現れたのだ。


「佐々木先輩。なぜここへ?」

「監督に頼まれたのよぉ。私の家はこの近くだしぃ、ここのクラブは子供の頃から通っていたからねぇ。そんなことよりぃ、どうしたのぉ?」

「ハ、ハイ、実は……」


 独特の話し方でキャプテンさんと話す佐々木さん。

 本当に一軍のレギュラーなのかなぁ?


 でも、赤いジャージの背中に燦然さんぜんと輝く

『DAIKYOU UNIVERSITY WOMEN’S FUTSAL TEAM』

に向かって、おじさま達が一斉にスマホのカメラを向けだしたぞ。


「くっ! やはり全国知名度にはかなわないか……」

 不思議が唇をかみしめている。

 コスプレイヤーにとっては、向けられたカメラのレンズがすべてなんだな。


「ねぇワイルド。あの方本当に一軍レギュラーなんですの? 失礼ですけどとてもそうにはみえないんですけど?」


 おしとやかの小声の問いに、さっきまで固まっていたワイルドは何とか声を絞り出した。


「去年、二年生の時点で大京大のエースストライカーになった凄腕の人だよ。あの人とゴレイロだけで、うちら五人相手に30、いや50対0で完封できるほどの人だ」

「「「「!!!」」」」


 お嬢先輩、おしとやか、不思議、そして私が声にならない驚きの声を上げる。


「それだけじゃない。今年の大京大は去年のあの人の活躍で全国優勝候補にあがっているし、プロからも声がかかっているんだ」


 おじさまの方が情報が早いんだな。


「うわさでは日本代表にも……」 


 もう、驚きすら通り越しました。

 まさか、飛び入り参加じゃないでしょうね?


「あぁ、ごめんなさいね。初めまして、大京大学女子フットサル部の佐々木と申します。今日は二軍チームの臨時監督を務めさせていただきます」

「あ、こ、こちらこそ、よ、よろしくお願いいたします」


 麗人先輩も舞い上がっちゃっている。

 そうだよね、将来の日本代表が目の前にいるんだから。


「え? でも臨時監督って、アドバイスとかするんですか?」


 しまった! 思わず声に出しちゃった。


「ああ、ご安心を。二軍には一切口出しいたしません。むしろ今日は監督に代わってメンバーの動きをチェックする役目ですよぉ」


「どうせならこっちにアドバイスして欲しい……」


 不思議の提案に意外な返答が。


「あらぁ、その方がおもしろそうですねぇ。ではそうしましょう。でもぉ、こちらもお仕事がありますのでぇ、逐一は無理ですけどね」


 そして、キャプテンさんに振り向いて唇の端ををつり上げながら、こうおっしゃいました。


「私が海東さんにアドバイスすることを、まさか不公平って……言っちゃうのかしらぁ?」


 なんか怖いよこの人。

 全国、そして世界を相手にする人は、人外の妖気をただよわせているって本当なんだな。


「かまいません。それぐらいで足下をすくわれるほど、我が二軍チームはふぬけていません」

「ハイ、決まりねぇ~」


 あまりの出来事にポカ~ンとする麗人先輩と、金魚のように口をパクパクしているワイルド。


「あ、いっけなぁ~い。大事なこと忘れていたぁ~。海東さんのゴレイロさんを、ちょっとテストさせてもらっていいかしらぁ~」

「あら、わたくしがなにか?」


 コイツのひどい顔を見ても動じないあたり、さすが将来の日本代表。

 もうシュモクザメであることすら、眼中にないんだな。


「うちの二軍が貴女を男性と言っているけど、それぐらいのこと私は別に気にしないのよねぇ~。男女混成チーム同士の試合なんて、フットサルでは当たり前のように行われているしぃ」


 そうなんだ。サッカーとは違うんだな。


「でもぉ、『女子チーム』として試合を申し込まれた以上、もし男性が混じっていたらルール違反になっちゃうのよね。かといって海東さんにはゴレイロは一人しかいないみたいですし、なら私がテスト、つまりPK(ペナルティーキック)をして、三本中一本でも防げれば二軍も納得すると思うんですけど、いかがかしら?」


「よろしいですことよ。どんな条件でもこちらは精一杯受けて立ちますわ」

「ハイ決まり! それじゃあ、準備をよろしくね」 


 ちょ、ちょっと、将来の日本代表のPKなんて、コイツに防げるのかぁ!?

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