第七章 最強の敵

第25話 ビクビク手違い

 ――自宅にて。

 寝る前、プロテインを牛乳に溶かしてゴクゴク飲んでいると


「ネェチャン。ワイにもプロテインを飲まして~な」

「一応アンタの分もあるけど大丈夫?」

「人間と同じ物を飲んだり食ったりしとるんや。この前みたいな筋肉痛はごめんやからな」


 塩水を作る時みたいにペットボトルに牛乳とプロテインを入れてふたをし、シャカシャカ振る。

 そして、コイツに飲ませる。


「おお~効いてきたでぇ~」

「ドリンク剤じゃないんだから、すぐに効くわけないでしょ」


「ネェチャン。何事もイメージ、気持ちが大事やで。『病は気から』って言葉があるなら逆に『元気は気から』もなければおかしいやんか」


「そういうのは『空元気からげんき』って言うんじゃないの?」

「同じことや。空元気も立派な元気やで」

「あ~はいはい。疲れたからもう寝るわよ」


 アカン。なんか禅問答みたくなってきた。


 月曜日。

 学食にて、ハンドボール部との試合の反省会だ。

 お嬢先輩がタブレットを取り出す。


「友達に頼んで、この前の試合をタブレットで録画してもらったのよ」


”おお!”っとみんなが声を出す。

 時々一時停止をして、麗人先輩のアドバイスが入る。

 うう~ん。本格的だ。


「オホホホ。わたくしの美しい舞も綺麗に撮れているようね」


 プロテインのおかげかどうかは知らないけれど、コイツは筋肉痛にならず調子のいい言葉を吐いてやがる。

 お風呂でコイツの体を洗うと気のせいかな? ますます筋肉がついたような?


 ビデオが終わり、軽い談笑に入る。おしとやかが


「そういえば対戦相手の『大京大女子』はどれくらい強いんですか? 女子レスリングが盛んで、それこそオリンピック金メダリストのOGがいらっしゃいますが?」


 それを麗人先輩が答える。


「レギュラーは県予選でそこそこいくけど、今回は二年、一年の中心の二軍の人が主みたいだね。あと、選手交代は普通何回やってもいいんだけど、今回はローカルルールで相手は一人一回きり、私たちは一人が何回もメンバー交代してもいいんだよ。さすがにこの前みたいに前半後半出ずっぱりじゃ試合にならないからね」


 不思議が険しい顔でつぶやく。


「それって、なめられてませんか?」


 こらこら、フットサルを始めて一ヶ月の人間が強気の言葉を口にするんじゃない。

 でも、それだけ本気の表れかもね。


「たとえ二軍でも戦力や経験は向こうが断然まさっているよ。けど、この前の試合を見るに、ひょっとしたらひょっとするかもね」


 不敵に笑みを浮かべる麗人先輩に、うちらも笑みがこぼれる。

 おいおい、いいんですか? 本気にしちゃいますよ。


 そこへ麗人先輩のスマホが鳴る。

「あれ? 先輩だ。向こうは今は練習中なのに? 『はい。お疲れ様です。はい……ええっ!』」


 なんだろう? みんなが麗人先輩に注目する。


『そんなことって! はい……わかりました。失礼します』

「どうしたの? ひょっとして中止?」


 うちらを代表してお嬢先輩が質問する。


「いや、中止じゃない。ただ、先輩の手違いで対戦相手は『大京大女子』ではなく、《大京大学》……なんだ」


”!!”

 みんな、いや、一匹をのぞいて緊張が走る。


「メアドを間違えたみたいなんだ。『大京大女子 フットサル』と『大京大 女子フットサル』とをね」


「お姉様方。なにをそんなに重い顔をなさっているんですか? もしかして男子のフットサルチームと試合をすることになったんですか?」


 コイツの質問に麗人先輩が説明をする。


「いや、そもそも大京大女子と大京大学は別の学校でね。大京大学は全国的にも有名なスポーツ校なんだ。傘下の高校は甲子園や高校サッカーの全国大会常連だし、インターハイや国体でも多数の人間を県代表として送り出している。特に大学はオリンピックのフィギュアスケートメダリストを受け入れるために、スケートリンクを新築するほどなんだ」


 お嬢先輩が補足する。


「女子フットサル部も例に漏れず、県大会優勝はもちろんのこと、全国大会に出場する権利をかけた地域大会でも優勝するほどなのよ」


「じゃ、じゃあ。今度の対戦相手はそれこそ全国メンバーなんですの!?」


 コイツの脳みそでもやっとわかったか。


「いや、さっき言ったみたいにメンバーは二軍だけど、大京大女子のレギュラーよりも強いのは間違いないだろうね」


 ワイルドが言葉に詰まりながら質問する。


「で、でも、なんで天下の大京大学が、たとえ二軍でもうちらみたいな無名校の同好会と試合をする気になったんですか? 普通、門前払いが関の山でしょう?」


 麗人先輩がワイルドを落ち着けるようにゆっくりと答えた。


「大京大学ともなればそれこそ県内、県外の強豪校から練習試合の申し込みがくるんだ。当然レギュラーが相手をする。逆に言えば二軍メンバーには試合が回ってこない。下手に出場して負けたら大京大学の名に傷がつくし、相手にも失礼だからね」


「だからうちらの申し込みにすぐオッケーを出したんですね。無名の同好会なら二軍の試合経験の為にちょうどいいって。そして自分は一度、私たちはメンバー交代無制限にして、試合がだれないようにと」


 おしとやかの言葉に麗人先輩はうなずいた。

 先ほどの軽い雰囲気から一転、あたりに重苦しい空気が漂う。


『オホホホホ! 私たちが全国チーム”ごとき”におくするなんて、それこそイワシがマダイにおびえるようなものですわ』   


 みんなの顔がポカ~ンとなる。

 うん、私ですら、コイツがなにを言っているのか理解できないもん。


「ことわざでありますよね。『タイの尻尾よりイワシの頭』と。私たちはたとえレギュラーを欠いても海東学院大学の名を背負うレギュラー。つまりイワシの頭。対して大京大学はいくら全国常連校とはいえ二軍、あちらはタイの尻尾ですわ」


 さらにコイツは自信ありげにこうも言った。


「それにわたくし、この前の親睦試合では例の技、

竜巻操打球術トルネード・ホーミング・メテオストライク

を封印しておりましたのよ」


 ”!!”

 一同驚愕する。

 あの手品みたいなボールのさばき方って、そんなへんてこりんな名前があったのか……。


 名付け親は……考えるまでもない。とりあえず不思議をにらんでおこう。


「ですからお姉様方はこう思うべきです

『私たち相手に二軍、さらに自分たちは一度、私たちはメンバー交代無制限なんて、ずいぶんとなめられたものね!』と」


 不思議の言葉と意味は同じだけど、なぜだろう、なぜか納得してしまった。


「おおっ! カナヅチと初めて意見が合ったな。これもお風呂で肌を重ねあわせたたまものだな」


 不思議の言葉に麗人先輩とお嬢先輩が”えっ!!”と目を見開いた。

 こらこら、誤解を招く言葉を口に出すんじゃない。


 慌ててフォローしようとするとワイルドが

「そうだ! (体を)いっぱいこすってくれて(あかを)いっぱい出してくれたシュモクの言うとおりだぜ! 天下の大京大学といえども二軍のチーム。試合経験が少ない分、うちらにも勝ち目があるぜ!」


 続けておしとやかも

「わたくしたちは素人といえども(エロエロ姿で)互いの体を知っている仲間。ましてやシュモクさんは私たちの体の隅々まで知っていますわ。そんなシュモクさんがこう言ってくだされば、私たちの勝利は約束されたものですわ!」


 麗人先輩とお嬢先輩の頬が朱に染まっている。

 あ~完璧に誤解しているなこりゃ。急いでフォローしないと海東学院大学が海百合ウミユリ学院大学になってしまう。


「あ、あの、みんなが話しているのは……」

「「……垢すり?」」

「はい、見ての通りコイツの肌がサメ肌ですので、私たち垢すりをしてもらったんです」


””ふぅ~!””と二人そろって息を吐き出した。

 そして二人してコイツの肌を”ジ~!”と眺めている。

 う~ん、コイツの体、いやサメ肌の虜になる女子が増えそうだな。


 気を取り直した麗人先輩は凛とした声で宣言する。

「まずは手違いがあったことをお詫びする。でもシュモクさんがおっしゃってくれたとおり、勝負はフットサルシューズを脱ぐまでわからない。私たち相手に二軍メンバー、さらにハンデを与えた大京大学を後悔させてやろう!」


”おお~!”と勇ましい声を発しながら、みんなはこぶしと胸びれを天に掲げた。 

 日曜日の試合まで一週間もない。少しでもと早速練習を始めた。

 練習後、ワイルドが再びプロテインを配る。


「手違いがあったお詫びに、部室のプロテインを自由に飲んでいいってさ。大京大学相手には気休めにもならないけど、打てる手は打っておかないとね」


 でもハンドボール部との試合でも、プロテインのおかげで特に筋肉痛にはならなかったな。

 部室にプロテインが常備されているなんて、最近、『○○女子』とよく言われるけど、次のトレンドは『プロテイン女子』かもね。

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