第23話 わらわら親善試合 前半戦
……噂は千里を駆ける。
女子フットサル同好会にすごいゴレイロがいるって噂は、SNSを通じてあっという間に大学の運動部の間に広まっていった。
その噂に、出っ張った目玉より鼻を高くするコイツ。
「いやぁ~華の女子大生から噂されるのは、悪い気がしまへんなぁ~」
高くした鼻よりさらに鼻の下を伸ばすコイツ。器用だな。
そのうちカジキのように口の上が出っ張りそう。
そして試合まであと十日ほど、学食でのミーティング時に麗人先輩からお話が。
「実は、女子ハンドボール部が私たちに親善試合を申し込んできたんだ」
一同ぽか~んとする。なんで女子ハンドボール部が?
「……まぁそんな顔をするよね。実は私たちの練習を見て、あちらがフットサルに興味を持ったみたいなんだ」
”へぇ~”と今度は一同口をそろえた。
フットサル同好会の先輩方が聞いたら泣いて喜ぶ話だね。
「よろしいんですか? 顧問の許可とかは?」
不思議の質問に麗人先輩は笑顔で答える。
「女子ハンドボール部、女子サッカー部の先生の許可は取ってあるよ。なにより場所は体育館でフットサルのピッチと同じ床。さらに、ハンドボールのコートやゴールの大きさはフットサルのとよく似ているんだ。どうかな?」
一同二つ返事でオッケーした。もちろんコイツもだ。
ん? 麗人先輩が?
「ただ問題は……向こうも試合に出たいメンバーがたくさんいてね、前半と後半でメンバーが総入れ替えされるけどいいかな?」
その言葉にちょっと
『かまいませんわ。もとより素人が集う私たちの劣勢は疑いなき事。むしろこれは私たちがより高みへとステップアップする為の、神が与えたもう試練でございます。先輩方ご安心を、この程度のことで
家で食っちゃ寝食っちゃ寝しているコイツからの言葉なら、一笑どころかクッションを投げつけたくなるけど、あのゴレイロっぷりを見せつけられちゃ、この言葉が勇気へと変換された。
『いいわね、貴女達?』
『『『『おう!』』』』
そして当日。体育館には意外にもギャラリーがいた。
「ふふふ、ギャラリーがいてこそ、コスプレイヤーはより皆を”萌えさせる”のだぁ」
は不思議談。
ヲイヲイ、まさか今までのは練習ではなく、”フットサルのコスプレ”をしていたわけじゃないでしょうね?
「オホホホ、今宵の演舞の主役はこのわたくし。淑女の御心をわしづかみにして差し上げますわ」
は……いわんでもない、コイツだ。あと、今は土曜の午後だ。
柔軟体操、そしてステップを行うが、意外にもおしとやかの動きが軽やかだ。
気のせいかな? ハンドボール部の人たちの視線がお嬢先輩やコイツではなく、おしとやかに向いている。
「実は中学時代、ハンドボールを少したしなんでおりましたの。フットサルもこのような床ならなんとかなりそうですわ」
「「「「「おおおおお」」」」」
まさかの伏兵、ダークホース、ここにアリってか!
麗人先輩は主審でワイルドは線審だ。まぁ仕方ないよね。あちらも素人だし。
シフトは本番と同じダイアモンド。
ビフォは意外にもおしとやか。
アラは私と不思議。
フィクソはお嬢先輩。
そしてゴレイロはコイツで、ゴールの前で垂直に浮かんでいる。
このポジションは麗人先輩が決めたけど、大丈夫かな?
そして試合開始直前、コイツが野太いオネェ声で
『いくわよアンタ達! くたばったらイルカショーのボールになってもらうわよ!』
『『『『おうっ!』』』』
……どんな罰ゲームなんだろう?
『『よろしくお願いします!』』
相手のキックオフで試合開始!
『『うおおおおおお!!』』
雄叫びを上げながらボールに突進する八人のプレイヤー。
正にこれはあめ玉というボールに群がるアリ。
そして、小学生のサッカーみたいに、押しくらまんじゅうしながら四方八方からボールに向かってキックを浴びせまくった。
さらに集団からボールが飛び出すと、えっとぉ、海外の奇祭であったよね? 坂を転がるチーズを村の若者が追いかけるってヤツ……みたいにつんのめって転がりながらも、ボールという名のチーズへとみんな突進していった。
とどめに、うちらは普段グラウンドの隅、つまり地面で練習し、ハンドボール部はもちろんハンドボールで日々プレーや練習をしているから、体育館の床でのフットサルボールの跳ね具合がつかめず、ボールを見失い右往左往するプレイヤーまで現れる始末……。
もうシフトだ、フォーメーションだ、という高度な戦術は雲散霧消し、ボールをゴールへ向かってシュートするという、この競技の目的すら皆の頭の中から抜け落ち、ただひたすら、ボールを親の
麗人先輩もワイルドも審判ゆえ口出しできないが
「まぁ、こうなるとは思っていたけどね」
は後のワイルド談。
とはいうものの、やっぱりあちらは運動部員であって役者が違うな。
ボールさばきは拙いが、もとよりハンドボールはコート上の格闘技と言われるほど、体のぶつかり合い、せめぎ合いが激しいスポーツなのだ。
とはいえ、こちらが一日の長はある。このまま前半が終了しそうな時
「うわっ!」
相手のボールを止めようと不思議が前をふさぐが、なんなく倒されてしまった。
「せいっ!」
ヤバイ! シュートだ!!
ボールはフリーになったライン上を一直線に飛んでいくが
「とうっ!」
”スパーン!”
『おおおっ!』
コイツの反応速度と、体を横に倒しながら胸びれによるボールキャッチは、現役ハンドボールプレイヤーも
『お姉様方! 行きますわよ! えいっ!』
竜巻のように体を回転させながら放たれたボールは、上手いことおしとやかが受け止め
「お返しですわ!」
おしとやかが放ったシュートは超低空飛行で、相手チームのゴレイロの股下を通過した!
”スポーン!”
”ピピピーー! ゴール!”
主審である麗人先輩の笛と声……えっ、入っちゃったの?
「やりましたわぁ!」
『やったぁーー!』
一目散におしとやかへ駆け寄る私たち。当然コイツもだ。
うん! サッカー中継でよく見る、ゴールした選手に駆け寄る気持ちがよくわかったよ!
『おおお!』
”パチパチパチ!”
観客もまさかの光景に拍手してくれる。
あぁ、自分がゴール決めたわけでもないのに、なんでこんなに気持ちいいの……。
”ピピー! 前半しゅう~りょ~う!”
1ー0で前半終了だ。
「よくやったな!」
駆け寄ってきたワイルドにおしとやかが答える。
「ハンドボールのシュートは上半身より上から放たれますので、ゴールキーパーは低い位置からのシュートには目が慣れていませんのよ。さらに股下を狙うのは、ハンドボールのシュートでも奇策ですし」
「なるほど……」
「ところで、麗人先輩はどうかされたんですか?」
麗人先輩は後半出場する相手チームの人となにやら話している。
「ああ、ルールの確認って言ってたな。向こうもまだ完全じゃないみたいだし」
しかし、不思議が真顔で呟く。
「いや、ああやって麗人先輩を引き留めておいて、私たちに前半の反省点を教えない作戦かもな……」
”!!”
みんなの体に冷たい汗が流れる。
そうだ、例え親善試合でもこれは真剣勝負!
勝利を確実にする為には、できることをやっておくのは当たり前だ。
「とりあえず体をほぐして少しでも休んでくれ。さっきのゴールで向こうも燃えているみたいだ」
ワイルドのアドバイスに不思議が
「う~む、”萌え”ではなく”燃え”させてしまうとは予想外だ。できれば炎上して灰になって欲しいがな」
一同苦笑するも、ワイルドのアドバイスは続いた。
「あとシフトはこのままでいいと思う。それにシュートチャンスがあったらドンドン蹴ってくれ。無理に強いシュートではなく、おしとやかみたいに低空、いや転がしてもいいから。正直、パワープレイで押し込まれるのが一番やっかいなんだ。だから少しでも相手コートにボールを押し出してくれ」
水分を取り、体をほぐしながらつかの間の休息を取る。
”ピピー!”
『後半開始しまーす!』
麗人先輩の笛と声で私たちは立ち上がった。
そして
『いくわよアンタ達! 倒れたらそのままシャチのエサにするわよ!』
『『『『おうっ!』』』』
コイツの気合いで、私たちはピッチへと向かっていった。
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