第16話 ゴロゴロ天気予報

 スマホの天気予報ってのは意外と馬鹿にできない。

 『夕方からにわか雨、所によっては雷が鳴る』

みたいなので洗濯物は干さず、折り畳み式の傘を持って大学へ行く。


 アスファルトに水玉模様を彩るしずくが、やがて校内を雨の景色に染めるのには、それほど時間はかからなかった。


 ”ゴロゴロゴロ”と、遠くで巨大な猫の神様が喉を鳴らしている。


 校舎の出入り口でたたずむ他の学生を尻目に、颯爽さっそうと傘を開く私。

 うん! クールビューティー!

 ……でも、相合い傘にはかなわないけどね。

 これじゃ買い物は無理かな。今夜はあり合わせのもので……。

 

 ……なんだろう?

 ……何か忘れているような? 

 ……所持品。財布もスマホも教科書も全部ある。

 ……洗濯物は干していないし、課題はないし。

 ……三人とも特に約束はしてないし、バイトも休みだし。

 

 まぁいいや。どうせたいしたことじゃない!

 

 家に帰ると、うん、たいしたことじゃなかったね。

『ネェチャァァ~ン、開けてぇなぁ~』

 雨でびしょ濡れのコイツが、窓の外から涙目で訴えてきた。

 ん~雨に濡れているから涙との区別がつかないし、そもそもサメって涙目になるのかな?


「どうしたのよ? 超能力でカギを開ければいいのに?」

『そんなことしたら部屋の中びしょ濡れになるやないかぁ~。これでも気ぃ使ってるンやでぇ~』

 あ、そうか。これは失敬。

 てか元はと言えば、散歩に出たコイツがわるいんやないか!


 とりあえずバスタオルを……もったいない。脱衣所の足ふきマットでいいか。そろそろ洗濯する頃だったし。

 窓を開けると足ふきの上にスライディングしてきたぞ。

 おっと、雨が入り込んでくるから急いで窓を閉める。


「ふぅ~やっぱり我が家が一番やワ~」

 何その、旅行から帰ったお母さんみたいな台詞は?

 てかアンタは居候だろ。ここは私の家だぞ。


「おかえり。でも雨宿りなら、もう一度宅配ボックスの中に入ればいいのに」

「何が悲しゅうて、あんな所に入らなあかんのや!」

 ひょっとして閉所恐怖症になったのかな?


「動かないでよ。タオル持ってくるから。それともシャワー浴びる?」

「雨水は嫌いなんやぁ~。軽くでいいからシャワ~浴びさせてぇ~なぁ~」

「はいはい。わかりました」

 足ふきマットの左右を両手で持ち上げて、タンカのようにコイツを運ぶ。

 そして、風呂場のマットの上に転がした。


「なんやぁ~えらい乱暴やないかぁ~」

「こんな日に外に出たアンタが悪い。お昼のバラエティーで天気予報やっていたでしょ?」

「ネェチャン、ワイは海のモンや。天気予報なんか地べたっている人間の見るモンやで」


「陸のもの食べてごろ寝でテレビ見て、空を飛んでびしょびしょになったアンタに言われたくないわ!」


 シャワーを手に取り、水を出し、脱衣所からこいつに浴びせる。

 ……ったく、なんで私が


”!”

 あ、光った。

”グワラガラグワッシャァ~~ン!!”

『うわひゃあぁぁぁぁぁぁ!』


 お、意外と近いな。

 あれ? 雷の音と一緒に、何か変な声が聞こえたような……。


「ねぇ、今アンタ、何か言った?」

『あらごきげんよう。何も言っていません事よ。オホホホホ』

 ……誰だコイツ? 


 よし、シャワーはこんなもんか。

「ほらほら、体拭くから足拭きマットの上に乗りなさい」

「おう、ありがとなネェチャン」

 いつものしゃべり方だ。

 さっきのは、なんなんだ? 


 洗濯したのをおろすのはもったいないから、使っている顔拭きタオルでいいか。

「……でもネェチャンの言うとおりやな。これからは天気予報に気をつけるわ」

「はいはい。そうしてね」

 いきなり素直になったな。


”!!”

 あ、

”ズドグワラグガギヤシャアァァン!!”

『ほげぐがぎゃあああぁぁぁーー!!』


 狭い脱衣所の中の空気が震える。こりゃすぐそばに落ちたかな?

 ん? なんかサラウンドで別の音が?

 ふと、タオルを持っている手が空振りする。

 あれ? いない……。


 とりあえず部屋に戻ろう。

 う~ん。何となくだけどこっちも気を使って、アイツを問い詰めたりからかったりしなかったけどさ、まさかこうもお約束になるなんて。


『お、おう、ワ、ワイをなめんじゃねえぞ。……こ、こうみえても、ティ、ティモール海ではマ、マッコウクジラと、や、やりあったんやぞ……』


 クッションの下に潜り込んで、カミナリ様に向かって啖呵たんかを切っているアイツ。


 ピチピチと左右に振る尾ビレが、その時だけなんかかわいかった。

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