第15話 ふわふわ超能力

 出っ張った眼……はかわいそうだから、胸びれをわしづかみにすると、すぐさま家の中へ放り投げる!

 まるで風船を放り投げるようだったけど、コイツは器用に宙返りしながら床にひれ伏した。

 まぁサメだから、飛ぶのをやめたらおなかを床につけるしかないんだけどね。


 片や私はベッドに腰かけ、腕を組み、脚を組み、あいつを見下ろしている。

 もし私が女王様コスならば、不思議が高速でカメラのシャッターを押しまくるだろうなぁ。

 ホント、むちを持ちたい気分だわ。


 そんな状況にもかかわらず、コイツは上目遣いで私のスカートと太ももをガン見してやがる。

 垢すりしているくせになにを今更!

 これだから男……シュモクザメってやつはぁ!


「お、おそれいりますが、ひ、ひとつ、おたずねしてもよろしいでしょうか?」

 誰だコイツ? ってぐらい、コイツの言葉遣いが丁寧だ。

 しかしここで甘やかしては調教、いやいや、しつけにならない。

「なに?」

 こっちは逆に、ぶっきらぼうに返事をする。


「きょ、きょうは、ずいぶんとお早いお帰りでございますね?」

「休講、午後の講義が休みだったの」

「さ、さようでございますか……」

 ホントに恐縮しているな……。なんで? そんなに私、怖い顔しているのかな?

 あ~。ひょっとして”鼻水顔”が、怒髪天どはつてんくみたいに、顔を真っ赤にして怒っている仁王様の顔に見えているのかも?


「んでさぁ、アンタ……」

「まぁ聞いてぇなネェチャン。これにはマリアナ海溝よりも深ぁ~いわけが……」

 もうしおらしさが切れたのか。まぁいいや、女王様は私のキャラじゃないし。

 しかしその例え、いつの元号のヤツだよ

 そのマリアナ海溝より深い訳を聞いてみると……。


「ちょっと待って? それってどういうこと?」

「つまりな、ワシ自身、ついこの間まで空を飛べることを知らんかったんや。だからネェチャンに見られた時にはとりあえず、アンモニアがたまったら体が浮くって説明したんや。実際飛ぶというより風船みたいに浮かんでいるのが関の山やったからなぁ」


「ま、まぁ、確かに壁にぶつかりまくっていたからそれはわかるけど……んで? どうやって外に出たの? カギはちゃんとかかっていたし。まさか体も透明にできて、壁をすり抜けられるとか?」

 不思議に見せてもらった、昔のお化けアニメを思い出した。


「意外とネェチャンもレトロやな。でもさすがにそれは無理や。話せば長くなるんやが、あれは……美女三人衆にワイの垢すりテクを叩き込んだ次の日だったなぁ……」

 なに遠い目をしているんだよ。


「朝方はなんともなかったんだが、ワイも年やな。二度寝してお昼のワイドショーでも見ようとしたら……体が動かんかったんやぁ」

「あ~筋肉痛」


「そうや、ワイの垢すりは全身運動やからな。本当に微動だにできなかったんや。まさしくあれはシャチににらまれたイルカやで」

「だからあの三人からの垢すり要請も、全力で断ったわけね」


「さすがネェチャン! 以心伝心、ツーカーの仲やな。いくらワイでも色気より自分の体や。んで、海苔のりの一念でテレビのリモコンに向かって念じたんや。『こっちこい!』『こっちこい!』ってな、そしたらなぁ……リモコンが浮かんでワイの方へ飛んで来たンや!」

「え!? それって超能力!」


「そうや! だがな、念が強すぎたのか、リモコンがワイの頭を直撃したんや。ああ、安心してええで。リモコンは壊れていないからな」

 自分の体よりリモコンの方を心配するなんて……やっぱり打ち所が悪かったんだろうか?


「それからはワイの独壇場どくだんじょうや! 今度は自分の体に向かって念じたら、鳥のようにすいすい飛べるようになったんや! 今のワイは最新鋭戦闘機Fー35にだって勝てるで!」

「あ~はいはい。んで? 窓の鍵を開けて外に出て、外から超能力で鍵を閉めた訳ね」


「いきなり結論をいわんでくれや~。ここから超能力を自在に操る為、血と汗と涙の物語が始まる所だったんやでぇ~」

「アンタの長話に付き合っている暇はないの! まったく、いきなりいなくなったから心配しちゃ……」


 しまった!


「ほう~ほうほうほう」

 くっ! コイツの顔が悪魔の、いや、サメ映画の悪役ザメの顔になりやがった。 

「いやぁ~ワイも罪なサメやな~。”そこそこ”べっぴんな女を泣かせてしまうとわ~」

 くそっ! 鼻水が出た以外本当のことだから反論できない!

 てか”そこそこ”ってなんだよ!? い、いやぁ、いくら何でも自分のことを絶世の美女とは思わないけどさぁ~。多少のリップサービスぐらいは……。

 ん? いやそんなことよりコイツが飛べるってことは……。


「ちょっとアンタ!」

「な、なんやネェチャン? 照れ隠しに逆ギレかいな?」

 ま、まぁ、それもなくはない……じゃなくて。


「まさか空を飛べるのをいいことに、他の部屋をのぞいたり、超能力でお肉とかを盗んだりしてないでしょうね!」


「ま、まって~な~。ちゃんと説明するから~。そもそもネェチャンやお姉さん方がいるのに、なんでよそ様をのぞかなあかんのやぁ~。いくらワイがスケベでも、かまぼこやフカヒレスープになるリスクは負わへんでぇ」

 確かに。下手に捕まったら、痴漢やのぞきよりリスクが高いからね。


「それに姉ちゃんが話を終わらせたから説明でけへんかったけど、超能力もな、ワイの匂いが染みついているものしか動かせられないんや~」

 どうだか~。怪しいジト眼をしてやる。


「ホントやで~。もし何でも自由自在に動かせれたら、ネェチャンのスカートをめくることぐらいお茶の子さいさいやぁ~」

 例えはアレだけど、今のところスカートをめくられたことはない。でも下からのぞいているけどね。


「そう、わかった。疑ってゴメン。でももし本当に変なことしたら……」

「わかっとりますがな。ワイかて一時の気の迷いで、今の惰眠を貪る生活を失いたくはないんや」

 ちょっと引っかかる言葉が出てきたが、まぁいい。とりあえずよそ様に迷惑を掛けなければいいのだ。


「あと一つだけ言っておくけど、このワンルームマンションは表向きは普通の賃貸マンションだけど、本当は大学生専用のレディースマンションだから、怪しまれる行動どころか、他の人のプライバシーについて声高で吹聴しないように!」

「なんや~そうやったんか~どおりで……」

「ん? なによ?」


「このマンション、男っ気が全然なかったしな~、たまに男が来ても玄関でインターホンで話して、部屋から出てきたネェチャンが出迎えるから。ほれ、ネェチャンの上の階のお姉さん。今日は大学の方から男連れで帰ってきたでぇ~」

「あ~あの人かぁ~。私も見たことあるけどたぶん彼氏さんでしょ? 髪を染めた、ちょっとチャラそうな……」


「いんや~。眼鏡はめた、堅物そうに見えたな。この前なんか部屋で騒いでいたから、きっと痴話喧嘩でそのチャラ男とは別れたんやろうな~」


「へぇ~。でも別れてすぐ彼氏作るなんて、意外と肉食系なのかな……って、そういうことを話しちゃいけないって言ってるの!」


「なんやぁ~ネェチャンも耳をアフリカ象にして聞いてたやないかぁ~」

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