第7話 なになにお名前

 学友三人を部屋に連れて行くと……。

「お帰りなさいませ、美しきお嬢様方。ディナーの準備が整っておりますよ」


 右の胸びれを胸に当て、うやうやしくお辞儀しているヤツがいる。

 ……誰だこいつ? ここは執事喫茶か? いつの間にこんな口調を覚えたんだ?

 オイ! ”美しきお嬢様方”には、当然私も入っているんだろうな!?


 ワイルド、おしとやか、不思議が、順番に挨拶する。

「おっす! おお! 本当にサメだ! しかも立ち泳ぎ、いや、立ち浮かびか? やるなコイツ!」

 うん、サメより立ち浮かびに目がいくとは、さすがスポーツウーマン。


「初めまして。あ、ここは”ただいま”って言うんでしたっけ? あ、むしろこちらですね。


『ご苦労様。すぐ支度してちょうだい』」


 ……えぇ!? 後半が”別の人格”に聞こえたんですけどぉ~? 


「ヲイ! 執事はそんな深々とお辞儀をしないぞ。あと、スケベ根性が見え隠れしている。執事はお嬢様の”下僕げぼく”に徹しろ! わかったか!」

 おお! さすがヲタク。執事のまねごと一つにも容赦ない。


 ……てか、これが挨拶なのか? 

 まぁいいや、あんまり堅苦しいのは私もコイツにも合わないし。


 早速テーブルの上には食料が並べられる。

 まずはワイルドから

「ん~いろいろ考えたけど、やっぱりこれかな~って」


”ドスン!”とテーブルの中央に置かれたのは、フライドチキンのバーレル

”ドスン!”

 さらに倍!


「餌代浮かそうと思って多めに持ってきたぜ!」

 そう言いながら私に向かって親指を立てる。

 うん。ありがとう。心の友よ!


 次はおしとやかが、裏地にアルミが張られ、保冷剤が入った買い物袋から特大タッパーを取り出した。

 意外と庶民的なんだな。


「では私は、ローストビーフを持ってきました」

 ”パカッ!”っとふたを開けるとそこには、サニーレタスを座布団に、ぎっしりと敷き詰められたローストビーフ様ががががががが!!


「「「「おおおお!」」」」

 ローストビーフ様の輝きに動揺する、三人と一匹。


「”作らせた”ものですので、皆様のお口に合うかどうかわかりませんが」

 ちょっ! 今度は前半部分がなにやら……いや、ここは聞き流した方がいいだろう。


 なぜなら、私の全神経はローストビーフ様に向けられているのだ。

 じゅるり!


 次は不思議。

”バサバサバサ!”

 コンビニの袋をひっくり返して、テーブルの上にぶちまけた。


「サラミ、カルパス、ビーフジャーキー。あとチーズタラ。ほれ、好きなものを喰え。あ、イカ系は腰をぬかすかもしれないからやめておいた……」

 ん? それってネコじゃなかったっけ? でも、これってウチのスーパーでも売っているけど、結構するんだよね。


 みんな、気を遣ってくれてありがとう。


 テーブルの上に食料が並べられると、紙コップにジュースやコーラを注ぐ。

 ちなみにコイツには、ペットに入った塩水だ。


 床やクッションの上にこぼさないように、フタに画鋲で穴を開け、ペットの横を押すと、じょうろみたいに塩水が飛び出す仕組みにした。


『乾杯!』

 テーブルの上に置いた塩水ペットに向けて、四つの杯がぶつかった。


「……そういえば、サメ君の名前はなんて言うの?」

 開会一番、早速その質問が、ワイルドの口から放たれた。


「ん~。特に決めてないな~。いつも『おい』とか『アンタ』とかで呼んでいるし」


 おしとやか、不思議がちょっと目を丸くする。

「あらあらまぁまぁ……」

「う~ん、なんという鬼畜プレイ」

 そうなのかな? あまり気にしたことなかった。


「ワシも名前については気にしてなかったな~。ネェチャンには『ネェチャン』呼びだし。それに、ネェチャンと二人暮らしだから、今さら名前で呼ぶのもなんかよそよそしくてなぁ~」


「「「おおお~」」」

 動揺する三人。


「コラコラ! 誤解を招くようなことは言わないように!」

「なんでやぁ~。ネェチャンの体を毎日毎日、垢すりしている仲やないかぁ~」


『『『おおおおおお~~』』』

 動揺のボリュームがより高くなり、三人の口が開く。


「ちょっ! ずるいぜ自分だけ垢すりなんて! 今度はあたしにも”ヤラせろよ!”」

 ワイルドの言い方の方が遙かに誤解を招くなぁ……。


「そうでしたか……”私より”お肌がきれいになったのは、そういうわけだったんです……かぁ~」 

 えっとぉ~おしとやかさん。にこやかな顔をして背後に漆黒のオーラをただよわせるのはやめてくれませんかぁ~?


「フッフッフッ! 金だ! 銭の臭いがぷんぷんしやがるぜ!」

 不思議は何を考えているんだ? 虹音クミのコスプレより、むしろ悪徳商人になりきっているんだが?

 まぁわたしも垢すりされながら、そんなことを”ちょっと”考えちまったのは否定しないけどさ……。


 結局、名前については、それぞれが勝手に呼ぶことになった。


 まずワイルドは

「もう友達ダチだから。普通に『シュモク』呼びで」

 うんうん、出会ってすぐに”俺”、”おまえ”の仲になったか。


 おしとやかは

「『シュモクさん』とお呼びしてもよろしいでそうか? ”うちの”より、年齢も風格も上ですし、さすがによそ様の執事を呼び捨てにはできませんわ」

 真ん中部分は聞き流そう。そうだ、コイツは私の執事なのだ! 


 なぜか私が食事作ったり、服を買いに行かされているけど……。


 不思議は

「『カナヅチ』……。これ以上の名前は思い浮かばない」

 うん、一番しっくりくる。


「ネェチャンはワシをなんて呼んでくれるんやぁ?」

「『アンタ』呼びよ! そういうアンタは?」

「決まってるやろ! ネェチャンは『ネェチャン』呼びやぁ!」

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