第21話 スクランブル交差点の死闘⑤
長く苦しい戦いが続いていた。
レベルの差があろうと俺が立ち回っていたように、魔物も工夫をし始めたのだ。それはとても単純で、かつ効果的な方法だと思った。
頑丈で大きな身体を活かしたタックル。それがかわした先のコンクリートをひしゃげさせる。衝撃などものともせず、小さな存在を踏みつぶそうと奴は再び迫りくる。
「ぐうっ……!」
この体格差とスピードでは、大きく動いてかわす必要があった。体勢が崩れ、思うように反撃できなくて俺はイライラとしている。
しかし距離を取れば遠隔攻撃の良い的だ。おまけに長時間の戦いによって、呼吸と集中力まで切れてきやがった。
そう、魔物は技ではなく本来からあったレベル差で圧殺を仕掛けている。こうして追い詰めるだけで俺は体力を失い、徐々にレベル通りの戦いに変わりつつあった。いわゆる蹂躙だ。
ああそうかよ、やったろうじゃん!
憔悴した俺は正面から待ち構えることに決めた。
肩からの体当たりをかまされる直前、自分から後方に飛んだのだ。
最小限のダメージで攻撃の機会を得ようと、
ず、バシャア……ッ!!
こちらは眉間に二発ほどの
あぁ……と、か細い声が喉を震わせる。
こっちが裏をつかれた。
それはとてもショックだった。
俺が後方に飛ぶと読まれ、そして宙に浮いた回避不能の状況で、
「げえ、うっ……リジェ、ネぇ……っ!」
絞り出すようにそうスキルを行使したが、これは内臓まで瞬間的にふさぐような技じゃない。地響きを立て、迫りくる魔物を俺はぼんやりと見続けなければならなかった。
そこから先の記憶はあんまりない。動物的に両手を振り降ろされ、剣による受け流しのみで2度、3度と奇跡的にいなしてゆく。盾なんてもうとっくにバラバラだ。腹に力が入らないので、もはや上半身さえ動かせなかった。
ぶうんと振られた腕はスローモーションで映り、そしてヘビー級のパンチを喰らったよう俺の頭は……。
はっはっ、はあっはあっ……。
懸命に俺は走ってた。手足はまだ小さくて、一生懸命に振ってるけど息が苦しくって、ぜんぜん遅い。それがすごくもどかしい。
正面には入道雲があって、それに向けて俺は走っていた。転んでも、買ったばかりの白いワンピースが汚れても気にせずに。
向かう先の家には車が何台も停まってて、それを見るだけでぎゅっと心臓が痛くなる。
だけど戸口を通ろうとしたとき、どすんっと何かから抱き止められた。母だった。たくさんの涙を流し、俺の名を何度も呼ぶ。その悲痛な声を聞いたら、もうダメだった。ずっと泣かないようにしてたけど耐えられない。
「だめっ、入っちゃだめっ!」
「お父さん、お父さんっっ!!」
母の肩の向こうに、寝室に寝かされていた父がわずかに見える。空手で鍛えたたくましい身体が、なぜかまったく動いてない。
ハンガーにかけた紺色の制服。
うなだれる父の同僚たち。
しんとした静けさがそこにあって……もう動けなかった。もう走れない。ずるると身体を母に預けていった。
「
無理だ、もう。
お父さんからそう言われたって、もう無理なんだよう。俺を馬鹿にする奴らに負けてたまるかって、ずっと頑張ったんだ。絶対に折れてなんかやるもんかって。あいつら全員に勝ってやるぞって。
今はもう亡き父は、大きな拳を見せてきた。泣きじゃくる俺に向け、雄々しい拳を。
これは合図だ。もっともっと頑張れるという俺の返事を待っている。
他の人ならともかくさ、お父さんに言われたらやるっきゃないじゃん。バーカ、分かれよそんぐらい!
べえっと舌を出し、泣きべそを止め、そして俺も拳を合わす。
だけどさ、笑っちゃうんだ。こんな時だけお父さんは優しく笑うんだ。どこの鬼だっつー話だよ、マジでさ。
ッキィーー……ンッッッ!
その強烈な耳鳴りに戸惑った。それから斜めに傾げてゆく白黒の視界と、牙だらけの口を見せた化物に驚かされる。
なんだこりゃ。どうなってやがんだ。
ああ、意識が飛んでたのか。そうだ、まずいのを頭に喰らって……相変わらず視界はグラグラしてるけどさ、その余裕ヅラだけはどうにも我慢ならんなぁ。
だらんと力が抜けた腕を懸命に動かす。奇跡的に指先へぶら下がっていた剣は、かすかな黒炎をあげながらゆるゆると持ち上げられてゆく。
やがて口内へぴたりと照準を合わせると、そのトリガーを引き絞る。
まったくの無音のなか、剣先から炎の塊のような
タイミングとしてもどんぴしゃだ。強酸を吐き出そうとした喉を打ち抜き、逆流を誘ったのだから。じゅおおお!と内側から溶け出す姿に、魔物ははっきりと苦悶の表情を見せた。
途端にどっと音や色彩が戻ってきて、俺はもう決して倒れないようアスファルトに踏ん張る。
「うけけ、今のは
いまどんな気持ち? ねえねえ。
そんな突っ込みをするように、大量の煙を吐きだしている魔物へと迫る。
チャッチャッと剣先を小刻みに揺らしながら、まずは一刀、切っ先を膝の裏側へと向ける。一瞬だけでも寝ていたせいか、意識はひどく鮮明だ。それは刃にも伝わり、鮮やかにスッと断ち切った。
――ゲエエアーッッ!
ぶんと振られた腕は迫力たっぷりだけどさあ、大して見ずに「あっち行け!」って感じだったし軽く拍子抜けかなぁ。もうちっと戦いってやつを学んできたらどう?
ずどんと脇の下に切れ込みを入れると、遅れて真っ黒いタールみたいな血が出てくる。それを一滴も浴びず、俺は駒のように回転をしていた。狙うはもちろん逆側の膝だ。
はぁーー、頭スッキリしてるぅーー。なんだこれ、覚醒ってやつ? ちょっと違うよね。分かってる。ただ俺がブッ飛んでるだけさ。
だけど視野が広い、指先までの感覚が鋭い。これまで知らなかった世界だ。ここは、この場所は。
だいぶ溶けていたのだろう。返す刀で胸部に切れ込みを入れると、どぼっと液体が飛び出てくる。それがまた魔物の全身を焼いて、そいつは絶叫した。
――キャーーアアア゛ア゛ア゛ッッ!
「あんだよ、女かよ。きゃあきゃあうっせえぞ、ボケがあ!」
どしんと奴が膝をつくと、ちょうど俺と同じ背丈になった。
よう、こんにちは。ようやくご挨拶ができそうかな? だけどちょっとまだ頭が高いのは無礼だって教えてやりてえな。虫は虫らしく、だろ?
きっとそいつも
おほっ、痛そうー。ごめんね、オゲエエだなんて悲鳴につい笑っちゃってさ。でもモンスターが両手で顔面を押さえる姿とかさあ、失笑しない奴なんていないって。分かんだろ、そんくらい。
「なあ、どうなると思う?」
そう問いかけると片膝立ちをしたそいつは、複眼を一斉にこちらへ向けてくる。たぶん虫とか苦手な奴はゾッとする光景だろうけどさ、俺にとっては滑稽だったね。
「近代兵器って奴がさ、まだ有効だって聞いたんだ。至近距離で食らったらどうなると思う?」
何を言っているのか分からない、という顔をされた。
その複眼が、ぱんという音と共に弾ける。パウパウパウとそれは続き、こらえきれずドッと頭部から焼けた鉄みたいな体液が溢れてく。
――ギャオオオオオオオオーーッッ!!
おー、効いてる効いてる。やっぱ銃つよいわー。
などと笑いかけると、そこにいた雨竜はこちらへ一瞥もせず拳銃を連続射出していた。
玉切れになっても戸惑うことなく、ジャッと弾倉を捨ててスライド交換するとかさ、こんなOLって世の中にはいるんですね、とか思っちゃう。採用した人事の連中、ほんとに大丈夫なのかよ。
「どっかで習ったの?」
「グアムへ行ったときに」
これだよ。苦笑い以外の顔なんてできねーだろ? それに雨竜のことだからビーチになんて行かなかったぞ。だって転がっている機動隊の銃を拾うような女だからな。
拳銃を手にし、様子をずっと伺っていたのは知っていた。あのお嬢様ときたら、溶けた機動隊を気にもしないんだもんなぁ。どうなってんだよ、おまえの状況判断。お互いにぶっ壊れてんじゃねーのか?
魔物も必死に手でかばってるけどさ、その指と指の間を打ち抜くのってスキルじゃないんだよね? だんだん悲鳴も弱々しくなってきたし、もうすぐ死んじゃうんじゃ……。
「こらこら、とどめは俺が刺すに決まってんだろが! 剣術レッドロータス、それからオラトリオおッ!」
ボウッと豪炎をあげ、奴の首は一文字に割ける。濁った目玉はもう命を散らしたいのだろうと分かる。オーケェィ、とびっきりに派手で格好良い死に様ってやつを演出してやるからなあ。
両腕が、そして両脚が引き裂かれる。もちろん俺はノリノリで、覚えたての剣術って奴をハイになるほど楽しんでいた。
だってそうだろ? ずっと俺のことを見下してた奴が、今はもう俺しか見ていない。呆然とこっちに見とれている姿こそ、サイッコーに眺めたかった表情だ。
「さよなら、ギズモの親玉。もう俺の縄張りに来るんじゃねーぞ」
そう笑いかけてから、俺は燃えカスみたいな頭部を輪切りにした。
ドッと弾けた奴の生命力と、一帯を暴れまわる突風。気がつけば俺は剣を構えて風に耐えていたが……ちょっとばかり派手すぎるポーズだな、こりゃ。
視界の端にパンツ丸出しでごろごろ転がってゆく雨竜が見えたけど……それは後で謝ろう。
《 格上に 勝利し、チャレンジが成功しました。ポイントと経験値にボーナスが与えられます 》
《 後藤のレベルが8に上昇しました! 》
《 後藤のレベルが9に上昇しました! 》
《 後藤のレベルが…… 》
立て続けに流れるレベルアップの案内は、まるで映画の
いやまったくね、信じられないよ。あれだけ死にかけたのに勝っちゃうなんてさ。どんだけ俺のことを舐めてたんだろうな、あのバカでアホな魔物は。
見上げれば目にも眩しい青空と、ヘリコプターで何やら喚いているマスコミどもまで見える。血が足りなすぎて地面に座り込むと、どこにいたのかこちらへ駆けてくる警察や刑事たちの姿もあった。
「んー、今日はもう疲れたし、残りの地域は西岡さん達に頑張ってもらおっかなぁ」
そう漏らしてから腰にブラ下げていたスマホを手に取る。そこには「通話中」と表示されており、やや遅れて「任せろ」という力強い返事が聞こえてきた。
ったく、こういう時だけは恰好つけたがるなぁ、などと俺は通話をオフにしながらひっそりと笑う。まあよろしく頼みますよ、刑事一課の皆さん。
「おっと、忘れてた。こいつばかりは素材を回収しときたい。
《 チャレンジ成功により、
そんな案内が聞こえてきて、「はい?」と、俺は目を丸くした。
ええーーっ、鎧? いままでずっと生産リストに入らなかったけど、鎧はレアドロップ限定だったの!? いやぁーー、でも武器もさ、武器もすっごく気になるよね! だって今より絶対に性能がいいじゃん!
ぐううっ、ギズモ関連はどれもカッチョいいから悩んじゃうよおお! んああーーっ! やだやだ、もう1個欲しい!
そう一人で身もだえていると、かつりと靴音を立てて近づく女性に気づく。はためくスカートも雨竜は気にせず、にこりと笑いかけてきた。
うーん、悪くない。実に気分爽快だ。命がけで頑張った甲斐があったってもんだよ。
分からないけどさ、これから魔物だらけになるとしても、それなりに楽しめそうな気がしない?
そんなことを思うのはきっと馬鹿な俺だけだろうけどさ、この時はとても清々しかったし、すごく誇らしかったんだ。
んー、とりあえず今夜は近くの焼鳥屋でビールでも楽しもうかね。
勝手にそう決定をし、雨竜から伸ばされた手を掴んで俺は立ち上がる。
そうそう、空に広がった青空は、あの子供のころに見たような入道雲を浮かべていたよ。
END 気ままに東京サバイブ《ギズモ襲来編》
―――――――――【リザルト】―――――――――
◆後藤
・レベル:7→11
・職業 :
・HP :40→88
※
・MP :13→21
・攻撃力:34《7》→50《7+16》
・AC :3《2》→7《2+2》
・MC :0→0
※カッコ内は武器防具を無視した数値と職による補正値。
※AC=アーマークラス。対物理耐性。
※MC=マジッククラス。対魔術耐性。
――
・
・
・剣術:盾LV8
・剣術:受け流しLV12
・剣術:回避LV14
・魔石加工LV7
・生産:剣、斧、盾、弓、兜、小手、靴 ※下級に限定
――
【
手で触れた傷を継続的に癒す。他者への治癒効果は半減する。HP数値分を上限に回復をする。12時間で
【
50歩分、通常時よりも早く移動できる。レベル上昇により速度、歩数の向上が可能。
【
倒した魔物から素材を得る場合がある。レベル上昇に伴い、高レベルの魔物からの素材獲得も可能。
――耐性技能――
・暗視LV9
・ストレス耐性LV3
・恐怖耐性LV7
・痛覚耐性LV3
・
――称号――
【
格上を相手に勝利した場合、ポイント、経験値、ドロップ品を多く獲得出来る。
【
ここぞという時に実力を発揮する。
【無慈悲な
相手から発見されていない時に、ダメージボーナスが発生する。
気ままに東京サバイブ。もしも日本が魔物だらけで、レベルアップとハクスラ要素があって、サバイバル生活まで楽しめたら。 まきしま鈴木@アニメ化決定 @maki4mas
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