第20話 スクランブル交差点の死闘④
――ゴッ!
魔物の選んだ初手は、突進と同時の薙ぎ払いだった。
鎌のついた鉤爪が、恐ろしい速度で飛来する。これは躱しても左右から際限なく斬りつけられる予感があった。下がれば押し込まれるとも。
なので嫌だろうが何だろうが、俺はカウンターを狙わざるを得ない。
かがみこみ、一撃目をやり過ごすとやはり角度を変えた鉤爪はまったく同じ速度で飛来する。
ぎゃんっ!と剣で弾けたのはたまたまだ。火花を散らしてわずかに軌道を逸らしたおかげで、頬をざっくり切られただけで済む。
《 回避スキルを獲得しました 》
《 剣術スキル:受け流し取得。難度ボーナスによりレベル2へ上昇します 》
今は絶対に勝てない相手だ。それだけは間違いない。もし勝てるとしたら機動隊の持つ拳銃だったが、ついさっきあいつらは溶けちまったよ。文字通りの瞬殺だ。
しかし
このままスキルを上げてけば勝負になるんじゃね?
いや無理だ、ありえない。いったいどれだけの確率をくぐり抜けたら、そんな芸当が出来る。
そう理性から訴えられたが、俺はバーカとだけ答えてやる。さっきまでブルっていて、逃げたくてそれっぽい嘘をついた理性なんて信じない。俺がこうすべきだと決めたら、お前たちはしっかりと仕事をこなすんだ。
だけど味方がいないわけじゃない。一気にレベルを4つもあげた
攻撃を受けても手はまるで痺れず、己の持つ力というものを教えてくれている。はっきり言ってこれは感動モノだった。剣を扱うことへの本質が頭と身体に流れ込んでくるってのはさ。
シュゴッ……!
身体の側面を、恐ろしい速度で風が抜けてゆく。ぎりっぎりでかわせたけれど、これはもう運というか勘だね。もう一回やってなんて言われたら「テメエがやってみろや」とブチ切れる自信がある。
《 回避スキルが2に上昇しました 》
だけど相手からの攻撃は際限なく続く。
ドッ!という衝撃が脇腹を抜けた。穴でも空きそうな勢いだったが、ギリギリで盾の展開が間に合っていたのは奇跡だったねぇ。神様ってのはいるもんだ。
《 盾術が上昇しました。即死級を防いだことでボーナスが発生します 》
やっぱなあ、どれもこれも即死ものだと思ってたよ。分かってた。どれもこれも電車がかすったくらいの迫力があったしさ。でも知りたくなかったなー。
そう悠長に考えながらも俺は引き金を引く。
ノーモーションの至近距離だ。狙いはもちろん奴の鉤爪で、がつんと真上に軌道をずらす。あと30発くらいあるしさあ、使い切るくらいの気合いを見せるんだぜ。ヘバるんじゃねえぞ。
今は、勝てない。
それは間違いない。
しかし、ずっと勝てないわけじゃない。永遠に勝てない相手なんていない。そう思いながら絶望的な攻撃を見極める。
たぶん俺の瞳は肉食獣のようだったろう。ぐつぐつと煮立つスープのように、ぶっ殺してやりたいという気迫で燃え上がるのを感じていた。
ああ、こいつの余裕面が消え去って、絶望する顔が見てえなぁ。土下座させたら胸がスッとするだろうなぁ。
ビュン!と弧を描いたのは奴の触手で、背後のアスファルトから高級車まで斜めに切り裂かれた。断面から真っ白い煙を上げているのは……今の一撃に強酸でも混じっていたのか。
うーん、余裕で死ねる。
見ろ、見ろ、見ろ。
怖くても嫌でも何でも、相手の動きをちゃんと見ろ。せっかく生き残るためのヒントを示してくれるんだしさ。気合い入れてけや!
ボッ、ボボボ……!
頬が歪むような速度で俺は前後にスウェーをする。何だろな。最高にハイって奴か。頭はキンキンに冴え渡り、指先まで思い通りに動かせる。すぐ目の前にある化け物じみた顔に、俺は笑いかけた。
「どうしたよ、化け物。これで本気じゃねえだろな。ああッ!?」
そいつからの返事は、ガパリと開かれる牙だらけの口内だった。頭っから丸呑みにされそうだ。
その奥でキラリと輝くいくつもの物体が見えて……
シュカカッ! シュカカカッ!
闇礫の
ただし威力は桁違いであり、無数に吐き出されたそれは道路から車までグズグズに変えてゆく。パンと標識は根元から歪み、電光掲示板からショーウィンドウまでを破壊する。
いいじゃねえか、ボス戦って気がしてきたぞ!
大量のガラスが散乱すると、日本らしからぬ破壊と殺戮の景色へと様変わりをしてゆく。どおん!と爆発をしたのは途中にあった車で、そういや軍用車がディーゼルを選んでるのは爆発を防ぐためだったかと、どうでも良い豆知識を思い出す。
ぎゅっと指を握ると、奴と同じ闇属性の盾がカキキキキ!と集合して生まれた。
《 同属性ボーナスが発動します。盾効果の向上、耐久力上昇 》
機関銃を浴びたような光景で、斜めに無数の光条が飛んでゆく。盾は宙に浮かんでいるので衝撃は少ないが、こうして逸らすだけでもボロボロの穴だらけに変わりつつある。
その穴に
――シュドッ!
火花を散らし、背の溝に沿って
バツッ……バガンッ!
後頭部まで衝撃を与える一撃に、奴はオゲエエと呻く。やっぱなあ、分かってたよ。ただ逃げるだけじゃ駄目だって。たまには反撃をした方が良いってさ。
先程から目まぐるしくスキル向上の案内が聞こえている。恐らくは多すぎるレベル差によるものだろうが、ひとつ行動をするたびに上がってゆく感じだった。
けど、満足なんて出来ないなぁ。死体がゴロゴロ転がっているなかで喜べる奴なんていないだろ?
などと思っていた瞬間、シャッという音と共にモンスターは俺の真横に移動……おげえ、早すぎるだろうが! こっちは盾を構えたままで……!
――ゴズン……ッ!
脇腹への蹴りによる衝撃は、そのまま反対側まで貫かれる。くの字になって俺は飛び、高級車へと叩きつけられた。ごぼっと血を吐いたけれど、慌てず騒がず
盗難防止の電子音が響くなか、身体から蒸気をあげて「よっ!」と立ち上がる俺に魔物は目を剥いた。
「よし、じゃあまた最初っからやり直しだ。ヘバるんじゃねえぞ」
べっとアスファルトに血を吐き、そう告げる。
いや回復できる量に制限はあるから不利には違いないんだよ。実際に残りの回復量は半分を切ってるし。でも折角ならさ、相手にプレッシャーをかけてやりたいじゃん。
『 ……何者ダ、お前ハ 』
ビリビリと触覚で空気を震わせ、そのように聞こえた。あれま、こいつ言語まで覚えたのか。
だけど握手をして友好的になりたいとは思わない。先程まで執拗に食していた脳が、会話習得に至らせたのだろうしな。ブッ殺したい気持ちだけが強くなる。
「いや、どう見たってお前が何者だっつー話だろ? 新種の宇宙人みたいな顔をしやがって。そうだ、あとで博物館に寄贈してもいいなあ」
《
「
ガイドからの説明を聞く前に、俺は技を行使する。何かの変化が欲しくてたまらなかったし、ちょっとでも相手の呼吸を崩してやりたい。
ごおうと剣は黒炎に包まれて、俺の髪は熱風にたなびいた。
こういう時って、ちょっと俯いて表情が見えないくらいが良い。ズタボロの焦燥した顔より、そうした姿の方がずっと良い。主に
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