第18話 スクランブル交差点の死闘②

 その日は、今にも雨粒が落っこちてきそうな曇天だった。

 だけど俺は満面の笑みで部屋のドアを開け、鍵なんてかけずに飛び出してゆく。俗に言うハイテンション状態だ。


 そのまま路上に飛び出すと、ちょうど曲がり角から姿を見せたのは……うわあああ、夢じゃないよ! 俺の、俺のバイクが荷台に乗せられてるよおお! マジか、マジだ! 軽トラ様がご納車にいらっしゃったぞぉーー!


 おいで! はやくご主人様のところにおいで! これからはずっと一緒だし、洗車だってたくさんするよ。相棒にステキな名前をつけて、まずはキャンプに行くんだ。富士山が映る湖とかそういう場所に!


 やっばい、楽しみすぎて足が勝手にパタパタ地面を踏むよぉーー。

 ほんとさぁ、こういうとき刑事どもと繋がりを作っておいて良かったと思うわ。もう少し体制が整えば、いつ遊びにいっても平気だろうしさ。

 なんて思っていたら携帯電話がブーブーと振動する。そこに表示された相手の名は……。


「雨竜……あっ、切れた」


 まさかのワン切りである。困ったらいつでも電話しろと言ったけど……なんだろ、間違えてかけちゃったのかな。

 そう考えてたら、目の前にトラックがキキッと停まる。運転席から顔を覗かせるのは、馴染みあるバイク屋の店長であり、学生の頃からお世話になっている人だ。


「大至急で持ってきてやったぞ。感謝しろよ」

「ありがとーーーー!」


 紐で固定されたバイクは渋い緑色をした単車だ。自衛隊から卸されたものであり、250CCでありながらキビキビと走るオフロード仕様。

 市販品との違いは少なく、転倒時のためフレームにリアガードがつけられていたり、飛び石から守るレッグガード、ヘッドランプガード、あとは大きな荷台が特徴かもしれない。もちろんフレーム自体の補強もされている。


 だけどこの無骨さと渋さが玄人っぽくてすごく良い。さりげなく工具箱がついてるとかさぁ、鑑定士じゃなくっても絶対に唸るって。あんまり趣味じゃなかったけど迷彩服まで買いたくなるくらいだ。まさに終末を迎えるこの俺にこそふさわしい一台だろう。

 というかカッチョいー! これが俺の物になる日が来るなんてよぉぉー!


「くっくっ、すごい顔をしているな。普通はこんなのに女は喜ばないって分かってるか?」

「そんな女心など知らん! だいたいバッグとか指輪とかスイーツで喜ぶとかさ、あいつらの方がぶっ壊れてんだよ」


 そんな金があったら生活を豊かにした方が楽しいって分からんのかね。まあ分からないんだろうな。

 何が「女性は現実的」だ。良い男を捕まえて、いつでも頭お花畑状態にしたいだけじゃねーか。西洋の下らない貢ぎ物文化なんかに染まりやがって。夫へ従順に付き従うヤマトナデシコはどこいった。

 ぞうブーブー言うと、親父さんはニカッと歯を見せた。


「そっちの方が正しい生き方だろう。みんながみんな、お前みたいだったら日本は大変だ」

「まあ恋愛に関しちゃ俺はドライだからな。その夫に生涯をささげるっつー下らない文化が無ければ少子化もマシになるんじゃねーか?」


 動物なんてもっとドライだぞ。一生の夫婦なんて下らないことはまずしないし。食って産むという極めてシンプルな生き方だ。飯を食えば美味いし、エッチをしたら気持ち良い。それくらいの考えで良いんじゃね?

 などと荷台からバイクを下ろすのを手伝いながら、割と下らないことを話す。だけど自分で口にした言葉が少しだけ気になった。


「食って産む、か……まるであいつらみたいだ」


 ふと魔物の姿を思い出す。

 ギズモらは周囲の者たちを喰うことで数を増し、領域テリトリを広げていたようにも見える。いつも俺が倒して素材を貰ってるけどさ、あいつらはそういう意味で動物的だった。


「どうした、後藤?」

「んー、なんでもない」


 いつの間にか手が止まっていた俺は、車体を固定する紐を解き始める。

 少なくとも、これからずっと魔物がやってくるのならあれば、人間側も今までとはやり方を変えなければいけない気がしたんだ。



 どっすん、と強力なサスペンションを揺らして車体は路上に降りる。

 んはーーっ、かっちょいいよぉー、頬ずりしたいよぉー。あっ、いけね。もうしてたか!

 チャラッという金属音に振り返ると、そこには鍵を持ってなかなかの笑みをする親父さんがいる。作業着がいくらか汚れているのは、納車の前に最後の点検をしてくれたのかもしれない。


「そら、大事に乗ってくれ。俺が丹精込めた一台だ」

「ありがとう親父さん。大事に……じゃないな、これから大活躍をさせる」


 なんだそりゃ、と笑われながら鍵を受け取った。

 しかしそれを手にした直後――ゾワリと背筋が震える。


 今のはなんだ。すごく嫌な感じだった。

 そのとき、今の勘が本物であったかのように、脳裏へ夜の案内者ガイダンスの声が響く。


《 魔物が予定調和を崩して早期に目覚めました 》

《 一般人が倒されました 》

《 一般人が倒されました 》

《 魔物のレベルが上昇しました 》


 おう、と俺は呻いたきり動けない。

 与えられた情報の意味がよく分からず、だけど大変な事態になったのはすぐ分かる。怪訝な顔をする親父さんを気にする余裕もなく、じっとりと嫌な汗をかいた。


 おいおいおい、大変なことになってるぞ!

 人がとんでもない勢いで死んでいないか? 予定調和を崩したって、つまり予想が外れたってことか?


《 はい、予想は魔物の意思により崩されました。転移を行う前提条件、この世界へ馴染むための段階を無視したためです 》


「どうした、青い顔して。あとはこっちの書類に…って、どこ行くんだよ!」


 親父さんに背を向けて部屋へと向かう。立てかけていた釣り具入れを手にし、机に放っておいたままの素材を、ざざっと手でかき集める。

 それから昨夜の穴あきシャツとズボン、ついでに皮ジャンを着込んでそのまま外へ飛び出し……かけてからヘルメットの紐に指をひっかけた。

 カンカン階段を降りながら、待っていたおっちゃんに声をかける。


「ありがとう! さっそく試運転してくるわ!」

「はあーーっ!? いま届けたばっかだろうが」


 本当に良いタイミングで届けてくれたよ。感謝してる。今回ばかりは単車ですぐに駆けつけたいしさ。

 スターターを蹴ると、甲高い音を立ててエンジンが小気味よくかかる。ブレーキとギアの確認をした俺は、すぐさま路上へ走り出した。

 その背後へと親父さんの声が響く。


「初日からすっ転ぶんじゃねーぞー!」


 ったりめーだ、俺がそんなダサいことをするかよ。

 片手をあげて挨拶をすると、期待以上に速度を増してゆく。空気の湿り気が頬を切り、安定したエンジン音はどこか昔を思い出して懐かしい。だけどそれと同じくらい俺の心臓は高鳴り続けていた。



 軽快に飛ばしながらも定期的に届く「一般市民が倒されました」という案内アナウンスへ無表情になってゆく。

 バカっぽいけど俺は冷静な方だし、他人のことをあまり気にしない。だけど身体が熱くなるんだ。


 分かるかな、早く魔物を倒したくてたまらないんだ。どるどると鳴るエンジン音が、それに拍車をかけるようだった。

 これは正義心なんて大層なものじゃない。前に通り魔から殺されかけたせいで、皆の気持ちが分かってしまうんだ。日常が非日常にがらりと変わる瞬間。あれはすごく怖かったし、今はその空気が濃くなってゆくのを確かに感じている。


《 一定の経験値を得ました。魔物の階位ランクが上昇します 》


 ミシッと俺の額に血管が浮かぶ。

 どれだけ好き勝手に暴れれば気が済むんだ。おう、今からぶっ殺して、素材をほじくり出してやるから待ってろや。


 示された座標までだいぶ近い。近代的なビルが立ち並ぶその先には黒煙があがっていた。

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