第16話 立ち上がれ野郎ども
「あのさあ、次の出現場所を教えるから、ちょっとメモしてくれない?」
戻るなりそう肩を叩くと、ゆとり君は焼肉をパクついた姿勢で振り返る。手は洗ってないけど、さっきは別に用をたしたわけじゃないから綺麗なんだぞ。
「分かりました。少し待ってください」
カバンから小型のノートパソコンを取り出すと、それがまたシールを貼ってたり改造の形跡が見えたりと玄人くさい代物だ。てっきり地味なだけでつまらないパソコンかと思ったのに。
まあ、そんなことはどうでもいい。
周りの奴らは気にもせず飯を食っているが、そろそろ食事の時間は終わりだぜ。俺がひとつひとつ丁寧に今夜の出現予測エリアを伝えてゆくたび、箸の手は鈍ってゆく。
それもそのはず俺が伝えたエリアは全21箇所、いくつもの区に点在していた。
「……本当か?」
手ぬぐいで顔を拭いた後、そう絞り出すような声を西岡さんはあげる。ちょっと前に俺がトイレで出した声とよく似てるわ。それは「21」という数字の重さをきちんと理解し、そしてまたありもしない希望へすがる声だった。
だから俺はソファーにどすんと座り、さっきまでのお友達モードを消した顔で返事をする。
「今までどうだったかは知らないが、数日前からこの世界には不可思議な力というもので溢れてる。魔物が出たり、首を切られても数秒で治ったりな。女の勘と言ったがあれは嘘だ。本当はとっても不思議な力で敵を見つけている」
《 それは私の出した予測です 》
だまらっしゃい、ガイド君。
少なくとも「不思議な力」というのは本当にあるので、俺の言葉には説得力が出るんだよ。その証拠に、完全に箸を止めた彼らは、俺、そして西岡さんの顔を交互に見る。
これはどっちの指示を受けるべきか悩んでんだ。
ヘラヘラしたバカっぽい無職の女と、何年も付き合いのあった西岡さん。そんなの比べようもないってのに、こいつらは確かに迷っていた。
だけど俺としてはボスになんてなりたくないので、強面の男に指示を出させるよう誘導する。
「外れるかもしれないけど、残念ながら今のところ全部当たってる。はっきり言って、これは被害が出るぞ。これから鑑識なり上司なりに説明して、全面的に信じてくれたら別だけど」
苦虫を噛み潰したような顔を彼らは浮かべる。分かってんだ。そんなの無理だって。
「だから西岡さん、次のための戦いをしてくれないかな。恥をかいても気にせず報告しておけば、明日にはその言葉を半分くらい信じてもらえる。明後日にはほぼ100%だ」
ぐうっと男は怒気によって膨れあがるようだった。今のは「たくさんの人が死ぬかもだけど、果報は寝て待てってやつダゾ」と俺は言ったわけだ。被害を甘んじて受け入れるという作戦だけど、もしかしたら彼の家族や知人が被害にあう可能性だってある。
だからこの提案は、西岡という男に火をつけた。
「ふざけるなよ、後藤。その程度の数なら、全ての地域を避難させてみせる!」
そう言い、彼は上着を手に立ち上がる。部下たちも同じくらい覇気をみなぎらせており、熱いことこの上ない。こっちのクールな心臓にまで火がつきそうだ。
「腹立たしいのは後藤、はなっから俺たちにできないとお前が諦めていたことだ。明日の朝を楽しみにしていろ……行くぞォ!」
「「おうッ!」」
数少ない客たちは、ぽかんとするあまり焼肉が焦げるのにも気づけない。まあ、気迫に満ちた男たちの出陣する様は、そうそうお目にかかれないほどの迫力があったしな。
がんばれよ、おっさん。あとご馳走さまでした。
一人きりに取り残されてから、俺は「うーん」と伸びをする。それから眠そうで仕方ない顔つきに戻った。
「……ン、まあこんなもんか。ちょびっとでも確率は上げておかないとな」
あれだけハッパをかけたら「眠くて無理ですぅ」なんて言わんだろ。きっと明日の朝まで大活躍だ。
もちろん俺はこれから帰って寝る。だって徹夜でモンスター退治なんてしたくないもん。ソファーにある釣り具入れへ指を引っ掛け、焼肉たちに背を向ける。
くああーと欠伸をしながら外に出ると、明るい日差しが待っていた。週末らしい快晴だなー、どうせすぐ寝ちゃうけど。なんて思っていたらパタンとノートパソコンを閉じる青年がいた。
「では送っていきますね、後藤さん」
「あれ、ゆとり君? 一人でどうしたの?」
「まさか知らないのかな……お酒を飲んだら自転車に乗れないんですよ」
なにその「やれやれ」ポーズ! 今すぐその尻をひっぱたきてえなぁぁー! その人畜無害そうな顔に腹がたつんだよ!
だけど彼が残された理由に気づき、ブン殴ろうと振り上げた手をゆっくりとおろす。
「西岡さん、なんか言ってた?」
「ええとですね、ああいうのは悪くない。次も頼む、だそうです」
ぶふぉ!と俺は吹き出した。
やっぱり気づいたか。いや、途中で分かったのかな。
最初は刑事なんて役立つのか半信半疑だったけどさ、あれくらいなら良いな。一癖も二癖もあって、でも性根のところでは気の良い奴らだ。
けらけらとひとしきり笑い終えると、こんな俺を送ってくれるという変わった青年に顔を向けた。
「じゃ、家まで送ってもらおうか、ゆとり君」
「だからゆとりじゃないですって……なんていくら説明しても、あだ名はきっと変わらなそうだ」
まあな、もう決まっちゃったしさ。
今夜は大仕事だというのに気を良くした俺は、助手席でのんびりと町並みを眺めさせてもらったよ。
バタンと車のドアは閉まり、そしてボロ自転車と俺は路上に降りた。
運転席から覗くゆとり君の顔つきは、このあいだ見たよりも引き締まって見えた気がする。
「では後藤さん、ゆっくり休んでください。また現場で」
「うん、ありがとう。そっちも大変だろうけど頑張ってな」
ブロロと車は走り去ってゆき、ばいばいと俺は手を振った。
そして俺は踵を返し、自宅の扉を開ける。たった一晩だけの外出だったが、見慣れた光景が待っているのはちょっとだけホッとするもんだ。
徹夜をしたので身体は疲れて仕方ないが、ベッドからのひじょーーに魅力的な誘惑に耐え、まずは椅子に座る。リクライニング機能があるので、ぎしっと身体が沈みこんだ。
フーーとため息をひとつ。それからのろのろと重い身体を動かして、袋から素材を取り出す。
鉛のサイコロみたいな物体が計40個、そして宝石みたいなやつが2個。昨夜浪費した素材分を引き、それが最終的な戦利品だった。
ガイド君、もっかい出現予測を見せてくれる?
《 分かりました。今夜の魔物出現予測を視覚リンクで表示します 》
ぱっと地域マップが表示され、続いて出現箇所のマーカーが次々と表示されてゆく。やはり出現数は「21」と変わらず、これまでの出現数記録を大幅更新だ。机に頬杖をつきながら、俺はボヤく。
「ぬーん、ヤバい。終末はずっと先のはずなのに、もうすぐ来ちゃうじゃん。まあ確かに現代兵器が通じなくなるのが半年って言ってたからなー、嘘じゃないんだよなー」
明日、それから明後日の予測とか見れる?
《 不可能です。この予測値は魔物が移動している力場を感知し、そのタイムラグを利用して時間と場所を特定しています。移動前の相手は感知できません 》
あっそうー、使えるようで使えないなぁ。これから毎日報告しないといけないのは面倒だけど、次が分かるのは大きなアドバンテージだ。今後も活用して有利に進めたい。
それからじっくりと出現予測地点を眺める。一番最初に現れるのは、渋谷の交差点という面倒な場所だった。もちろんそんな場所でドンパチなんてやれっこない。
「こういう場所は西岡さんたちの出番かな。後は上司が有能なことを願うしかないね」
当たり前だけど自衛隊とかそういう連中は、明後日くらい警察と立場が異なる。西岡さんらの所属は刑事一課、避難誘導をさせるなら交番のお巡りさんといった地域課、などなど複数の管轄を動かすには、かなりの力量が求められるわけだ。ようやく「魔物」という存在を知らされたばかりで、動かせるやつなんて普通はいないだろうけど。
だけどそんなの考えてても仕方ない。俺はニートであり一般人なのだ。
なのでこちらはこちらで別の対処法に頭を使おう。
これまでポイントをなるべく使わずに来たので、
自動で覚えるものはそのまま頂いておき、困ったらポイントを投入したいと思ってたんだ。ほら、俺ってケチだから。
ともかく、今のうちに対策を練って、今夜に備えておきたい。
だから足をぶらぶらしながら考える。
候補としては遠隔攻撃を得意とする
これには飛距離と威力をあげる効果があるらしく、これからの戦いにおいてかなりの戦力になると思う。威力があがるなら
だけどあんまり乗り気じゃない。今の調子なら素材はきっとすぐ余るだろうし、威力なんかよりも移動などの速さが勝負だ。もうすぐバイクが届くなら、撃退できる可能性はゼロじゃない。
「んー、状況を見てから判断したいな。打てる手が無くなるのは避けたい」
そう呟き、つま先でフローリングを蹴った。
ぐるんぐるんと椅子を回転させ続け、なるべく頭をからっぽにする。え、元からからっぽだって? その通りですね!
相手に合わせ、その場で強化出来るのはポイント制の強みだ。あえて自分から捨てる必要もない。なのでステータス調整には手を出さず、それ以外に出来ることを探す。
ちくちく増やしている素材は40個と心もとない。弾以外にも盾の拡張に使ったしな。
罠を作れないだろうか。
今のところ生産系の技能にそういった項目は無いが、今後増える可能性もある。けど作れない。欲しいよー、せっかく前準備が出来るんだから時間的アドバンテージを活用したいよー。
どっちにしろ人がいたら使えないけどさ。そんなことしたらマジモンのテロリストになっちゃう。
「だめだ、頭が働かん……」
ぼーっとする時間が増えてきた。時計を見れば朝の8時。
まずは英気を養わなければ、勝てる戦いも勝てなくなる。そう思った俺はのろのろと、魅惑的なベッドにもぐりこんだ。
はぁーー……と息を吐き、それからすぐに思考は夢の世界へと落ちてゆく。ふかふかの布団ってすごく気持ち良くてさ、猫みたいに目が線になっちゃうんだ。
がんばれ、刑事一課。そしておやすみなさい。
しかしそのとき、地域マップのひとつ、出現予測マーカーに変化があったことへ俺は気づけない。それは出現時刻の数字をおかしな形に歪ませ、そして逆回転するように時を巻き戻し始めてゆく。
指し示す地域は、渋谷のスクランブル交差点だった。
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