第14話 夜の巡回③
深夜2時の公園。
そこへ大の大人が5人、それから俺が揃っている。彼らはスーツ姿だけど、こちらは血のついた穴だらけのシャツを着ているのだから迫力で言うなら五分五分か。
柔道でもやっていそうな年配の男、西岡さんはしばらく「うーむ」と唸った後にホルスターから銃を抜く。もちろんモデルガンじゃないし、税金で購入をした由緒正しい品だ。
「とうてい信じられないが……その話が本当なら、この銃では駄目だな」
彼がそう言うと、周囲の何名かが頷いた。こちらとしては「なんで?」と小首を傾げてしまうのだが、それには理由があるらしい。
「後藤は知っていると思うが、これは至近距離の人間を想定している。有効射程も威力も低いから、猛犬を止めることだって難しいぞ」
「そうなんです、僕らの銃はなるべく安全を考え、怪我をさせないように作られているんですよ」
ゆとり君が爽やかにそう補足をするのだが……ウゼえなこいつ。いや、もちろん知ってますよ? 38口径の回転式けん銃、それと「安物」を「安全」とはき違えているという通称「豆鉄砲」。だけど数を撃てば倒せるっしょ。俺なんて最初、薪割りの斧で倒したんだしさぁ。
「その消費した弾の報告もしなければならない。上には銃を撃たざるを得なかったという正当性を報告する必要がある。もちろん市民に伝える義務だってあるんだ」
なるほどな、分かっちゃいたけど銃を使わせるのってスゲーめんどくせえ。
魔物とやらをまったく分かっていない状況で、報告書なんて作れるわけもない。かといって現代兵器のアドバンテージを失いたくはない。少なくともあと半年はこいつらの銃で治安を守る必要があるんだ。
それは
などと考えていると、彼らの話題は他へ移っていた。
「こりゃ自衛隊の出番でしょうね。彼らへの情報を橋渡しをする専門の対策課もいるでしょうけど、まずは上に報告できる材料が欲しい」
「だな。照明を壊されたのは痛かった。これじゃあ撮影しても映らないが……おい若林、もう一度その手に穴をあけられるか?」
「ええっ、嫌ですよそんな……冗談、ですよね?」
周囲の人たちはクスリともせず「こいつ使えねぇな」という顔を返した。うん、ゆとり君が使えないのは知ってた。
その目的としては、敵の火力を知らせたかったのだろう。魔物が何だか分からなくても、危険な相手というだけならすぐに伝わる。そういう風に前向きな考えをする姿はなかなか良い。
深夜2時とは思えないほど皆は生き生きとしていた。いや言い方が悪かったかな。どうにかしようと前向きだった。これは未曽有の事態だという危機感が、彼らの頭脳を活発にさせているようだ。
これまで魔物退治なんて一人でやってたから、ある意味で心強いと思うよ。
「本体の巣とやらを倒すだけなら装甲車で事は足りますね。それが駄目なら防具を固めた機動隊の出番でしょう」
「待て、問題は通報をしてから駆けつける時間だ。後藤、あれの出る場所と時間を教えてくれたがそれには何か理由があるのか?」
「無いよ。女の勘ってやつ」
西岡さんにそう答えたが、うそだろぉ?という目を一斉に向けられた。死ねよてめえら。
「気が向いたら今夜みたいに場所と時間を教えるよ。その代わり……」
「分かってる、後藤は今後『Aさん』として丁重に扱う。ただし上の命令によっては、やむを得ず協力してもらう場合もある。なるべく踏ん張るが未曽有の事態だ。あまり信用するなよ」
こちらの考えが伝わってくれて何よりだ。俺としては行動を縛られるのはなるべく避けたい。今後どうなるか何も分からないし、いつでも協力できるとは限らないのだ。
言い終えると西岡さんは指先を俺の背中に向けてきた。その先にあるのは釣り具の入れ物であって、先ほどから彼はずっと気にしていた。確かにね。さっきまで虫退治してたんだから当の獲物が気になって仕方ないわな。
では丁重にしていただけるという言葉を信じ、すらっと中身を取り出しましょうかね。
「これが俺の武器だ。
ほお、と男たちが近寄ってきた。分かるよ、こういう合理的な獲物ってさ格好良いんだよな。ずしっとした黒光りをする直刀、しかもあちこちギミックがついてるから男なんてコロッだよ。
周囲には「これって銃刀法違反じゃん」という視線、それから「触りてえー」という熱のある視線が交差した。
しっしっ、汚ねえ手で触んじゃねえ。こいつはなぁ、俺が命懸けで生産した武器なんだぞ。おまえらはその薄汚い豆鉄砲で満足してろ。
そう追い払っていると、頭の痛そうな顔を西岡さんがしているのに気づく。
「魔物もそうだが、そっちも問題だ。黙っておくのは難しいぞ」
「いいよ、別に。もう少ししたら、それどころじゃ無くなるだろうから。だけど職質されたら電話してもいい?」
にやっと爽やかに笑いかけると、さらに頭の痛そうな顔をされた。それから面倒臭そうに手で払われる。
「その件は後で考える。面倒ごとを済ませてからだ。じゃあおまえたち、『巣』を退治するのに有効な手を幾つかあげてみろ」
彼らは顔を見合わせ、それから再び現場に視線を向ける。
草原の中央には大きな木があって、いまは50メートルほど離れているところだ。人の頭くらいの位置にへばりついていて、そこへ黒いのがもぞもぞと蠢いている。どことなく周囲の空気も禍々しい。
いまあるもの、あるいはすぐに用意できるものという縛りで、彼らは意見を述べ始めた。
「あれはイガ栗っぽいですが、もし虫と同じなら洗剤をかけてみたらどうです? 呼吸ができなくなって死ぬかもしれません」
「それなら熱湯も……と言いたいが、この距離でどうやって当てるかだな」
「待ってください。周囲の奴をいくら倒しても意味が無いなら、最初に本体を狙いましょうよ。パトカーに丸太でもなんでも付けて、体当たりなんてどうです?」
「いや、周りがいなくなれば巣もハンマーで壊せるだろ。それより証拠をどうするかだ」
出来てきた情報が組み合わされ、「あっ」と痩せ気味で眼鏡をかけた人物が声をあげた。
即席だし、たぶんものすごく下らない案になるだろうと思ってた。
エンジン音、それにぐらぐらと揺られている通り、なぜか俺は後部座席にポツンと座らされている。手元には青いバケツがあって、泡だらけの水が入っているというね……なんスかこれ。顔でも洗えってこと?
「はあ、浪漫もへったくれも無い……」
「うるさい、元々はお前が言いだしたことだ。しっかり最後まで面倒を見ろ」
などと西岡さんは助手席から振り返り、そう怒ってきた。
もう眠いし洗剤臭いしおっさん臭が混じって嫌なんだけど。はああ、と俺は嫌で嫌でたまらない溜息をした。
あれからコンビニで洗剤を買い、店員さんからバケツを借りてきた。それから車よけの柵を外し、無理やりにパトカーで公園へ侵入をしているのが今である。
だけど当然のこと公園は車の乗り心地なんて考えられていないから、ゆるかな階段をどっすんどっすん落ちるのは……ぎゃああ、洗剤が目に入ったああ!
「帰っていい?」
「「駄目だ!」」
ハモんなや、おっさんどもが。
さて、こんなアホなことをしてはいるが、それなりに効果的でもある。五寸釘で刺されるくらいの火力程度なら耐えられそうだし、穴だらけにされれば物的証拠として敵の恐ろしさを上に伝えやすい。何よりもライトの照明、それに車載カメラがついている。魔物を撮影することも可能なのだよ。
その案を出した男性はというと、言い出しっぺの法則とやらで運転席に座っている。だけど実は本人が「やりたい」と言いだしたのだから変わった人だと思うよ。
やや痩せ気味で眼鏡をかけており、それが頼りなさに拍車をかけている。しかし先ほどはたくさんの案をまとめた人物なので、たぶん頭が良いのだと思う。アホっぽい作戦というのは置いといてだが。
ようやく芝生に戻れたので、運転は少しスムーズになった。それを見て、運転席の男は振り返る。
「
「じゃあ手筈通り、近づいたら隙を見て『巣』にバケツをかけてください。倒せるかどうかの実験です」
「へいへい、分かりやしたぁー」
下の唇をとがらせて、極めて不服そうに返事をする。こういう事ばっかやってると、いつか婚期を逃すんじゃないっすかねぇ。
ちなみに俺が洗剤をかける役目になったのは
さて、しばらくすると領域に入り込み、イガ栗どもが襲いかかってきた。
最初はどすんとフロントガラスに張り付いて、それからピンク色の中身を見せ……ひいいーーっ、中身が気持ち悪いっ!
おぞぞーっと全身に鳥肌を立てるが、前座席にいる彼らも同様に悲鳴顔をしていた。そして「パン!」とガラスにヒビが入る。中央に太いトゲみたいなのがあって、たったの一撃で穴を開けられかけている。
「や、やっぱやめない? 中止しない?」
「とりあえず洗剤をかけろ。話はそれからだ」
ふざけんなや税金泥棒! という俺の叫びのように、パトカーはギズモらに蹂躙された。車体のあちこちを穴だらけにされ、特にライト辺りの被害は甚大だ。
ついさっき退治していたよりずっと怖い。後部座席からは、うぞうぞと窓のフレームを歩き回っている姿が見えて、俺を観察している気がするんだ。
足(?)を滑らせたのか、ぼととーっとまとまって落ちてゆく姿なんて……ぐおおお! 気持ち悪いよおおーーっ!
もうヤダもうヤダ帰りたい!
先生、すごく安全な位置から一方的に
その悲痛な願いが通じたのか、運転席の彼は振り返る。
「いまです、後藤さん! 巣は目の前です!」
おまえがやれやあああ!
俺は泣きべそをかきながら窓を開け、ソッコーで洗剤をぶっかけた。
するとギズモらは「なにこれ?」と言うように動きを一瞬だけ止め――それから気にもせず飛んできて――ぺたっと俺の額に張り付いた。
「おんぎょわあーーーッ!」
ビビクンと全身が跳ね、必死にはたき落とした直後、すぐさま黒剣を手に取って後部座席から連発する。
――シュドッ! シュドッ! シュドッ!
「俺の車でなに発砲してんだ後藤ーー!」
「るっせえ、さっさと逃げろ! ぜんっぜんダメだ! やばいやばい、飛んできた!」
その命をかけた射撃が功を奏したか、5発中4発もの命中率を見せて巣はみるみる崩れてゆく。そして完全にパトカーが背中を見せたとき、どかん!と巣は爆発をしたのであった。
もうね、映画のワンシーンとかああいう格好良いのじゃないから。
車内では「入ってきてる、虫が入ってる!」「こっちに銃口を向けるなあああ!」という叫び声で溢れててね……なんというかひどかった。うん、その一言に尽きる。
無残に穴だらけにされたパトカーから、俺たちは腰砕けで降りてゆく。そこに遠巻きで眺めていた連中が駆けよってきたけど……次はお前らの番だからな! 絶対だぞ! と、俺は睨みつけたものさ。クールにな。
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