第13話 夜の巡回②
よーい、どんっ。
思い切り地面を踏み、
あ、全力疾走をしているのは、別にランニングとか健康になりたいなーっていう目的じゃないよ。目の前にでっかい魔物の巣とやらがあって、周囲にはギズモっていうイガ栗に似たやつがブンブン飛んでるんだ。そういうのを魔物って言うんだって。詳しくは知らないけどさ。
んで、手にした獲物は
だけど手にしっくり馴染むし、片刃まで真っ黒だけどなかなかの切れ味。
「ぃよっ!」
そして目の前に現れたイガ栗へ、慌てて
それから半身になって背後へ剣先を向けると、先ほどの
良く見たら引き金と小さな照準もついている。有効射程は50メートルと遠距離でも近距離でも役立つ武器であり、かなり気に入っている。俺が一番最初に生産したのがこれね。
吐き出した弾丸は、周囲を飛び回るギズモたちを素材にしている。だから無数のトゲがついてるし、剣先を離れたとたんに回転して推進力と威力をあげる。当然のこと実弾みたいな発砲音は立てない。
「これがけっこー良いんだよなぁ。まず通報されないしさ」
などと呟きながら、ぎゅぎゅっと急ブレーキ。走りながらの射撃だと、さすがに当たんないねコレ。大きく外れた弾道を見て、すぐさま片膝をついて二撃目、三撃目を放つ。バシュッ、バシュッ、と。
ド真ん中とは行かなかったが、本体を傷つけられた相手にとってはたまらない。ふざけんなとばかりに、耳をふさぎたくなる無数の羽音が響き渡る。反響しやすい高架下なら尚更だ。
数が多いし蜂みたいに不規則な飛び方だし、頭にでも喰らえば致命傷になりかねない貫通攻撃を持っている。だけどこの距離になると相手は直線的に向かわざるを得ない。まっすぐ俺という敵めがけて迫りくる。
慌てず騒がずグローブをはめた左手を差し出し、ぐっと握る。すると六角形の部品たちが集合をし、カシシッと隙間なく並んでくれる。この
ガッ、ゴッ、バゴゴゴゴッ!と夕立の雨から打たれたような音がした。再び指を開くと盾は自動的に解除されてゆき……そこには何も残っていない。
んじゃまあ、
ぺろりと俺は舌なめずりをすると、再び
「んーー、楽勝ーー!」
高架下から出きた俺は、新鮮な空気を吸いながら大きく伸びをする。怪我もしなかったし、消費する弾も抑えている。やったぜ、とガッツポーズを決めるほどの成果だ。
初戦なんて無様でひどいもんだったよ。今じゃ考えらんないね。
「おっと忘れてた、
背後に手を向けると、残骸と化したギズモたちが青白く輝き、ひゅんひゅんと軌道を描いて俺の手に吸い込まれていく。ごろんと手のひらに転がったのはサイコロみたいな形をした奴が7つ。元々は命があったせいか、小ささに反してズシッと重い。
これが先ほどの勝利による戦利品だ。もしも
今回は取れなかったけど、魔石とやらが装備品の核になってるんだってさ。いま取ったのは「闇礫の弾丸」で、レアのほうは「闇礫の魔核」という名前ね。
小さな達成感だけでなく、こうして武器を揃えられるのは助かるよ。消費する一方にならないで済むからな。
そのうち魔物で溢れかえるらしいから、その時のために出来るだけ蓄えておかないと。
がしゃんと自転車の鍵を外し、先ほどの黒剣を釣り具入れにしまう。段ボールで補強してあるのがちょっとだけ悲しい。けど仕方ない。職務質問されたら次の出現場所には間に合わないんだし。
スマホの電源を入れると、画面に現在時刻が表示された。
「おっ、そろそろ時間かぁ。じゃあ様子を見に行ってみようかな」
そう呟きながら俺はペダルを踏む。
シャコーッと走り出すと、熱した身体に風が心地よかった。
これが俺の選んだ生き方であり、これから東京でサバイバル生活をして生き延びようとしている姿なんだ。ちょっとだけおかしな女だと思うけどね。
深夜2時、都内某公園――……。
「おっ、けっこう集まってら。こりゃ西岡さんのおかげだな」
数台のパトカーが入り口をふさいでいるのを尻目に、柵を乗り越えて敷地に入る。深夜とあってかサイレン音を消しているが、辺りを染める回転灯はどこか事件の匂いをしていた。
くあっと欠伸を放つ。
はい、眠いです。
あれから3つの巣を倒したし素材もいただいたけどさ、さすがに眠いっす。どこを西岡さんに見てもらおうか悩んだけど、やっぱり疲れてる時間に担当してくれるのは嬉しいよ。すっげー助かる。
あとここの公園は深夜でも人がいたりして面倒なので、追い払ってくれないと事故になりかねない。そういう意味でも国家公務員が適役なんだろうと思う。
ゴオ、と頭上の木が風に揺られて葉を鳴らす。人気の無さが心細くもあり、また探検をしているような気にもなる。
深夜の公園って社会人になってから来ていないから、ちょっとだけ懐かしい。若いときの特権だよな、時間を自由に使えるってさ。
そう思いながら歩いていると、ムームーと携帯が振動した。
「あい、後藤です」
「そろそろ指定された時間のはずだぞ。お前はどこにいる?」
「いまちょうど眺めてるとこ。そこの大きな木に現れるはずだから、みんなにもっと離れるよう言ってくれると嬉しいな」
あ、そういや匿名だったか。まあいいや。
だだっぴろい芝生の中央には大木があり、その周囲にまばらな人影があった。広範囲を照らすライトまで用意したらしく、深夜とは思えない明るさだ。まるで無人のサッカー場みたいだね。
てことはこの怪しい話を多少なりとも信じたのか。日本に得体の知れない何かがいるという話を。それはきっと新宿のそばで起きた大量殺戮事件のせいだと思う。
みんな分かってんだ。あんなのおかしいって。あんなのがいたらダメだって。だから必死に目を逸らし、忘れようとした。
市民はそれで良くても、事件を追う彼らだけは忘れられなかった。悲しいけど置いていかれたんだ、世間から。
ヒャア!
そういう声が響き、ぴくんと顔をあげる。
さて始まったぞ。俺以外の人が、これから初めて魔物と出会うわけだ。
すぐに携帯電話から「そのまま繋げていろ!」と西岡さんの声が聞こえてくるが、もちろん通話料金は向こう持ちだから切らなくて構わない。
まさか死んだりしてないよねと、ちょっとドキドキしながら俺も芝生に向かって歩いてゆく。ずっと向こうには片手を押さえ、鮮血を撒き散らす奴が見えた。とんでもない奴だ、あのイガ栗を手で捕まえたのか。
まずは落ち着こう。深呼吸をしよう。
ここでは幾つかの課題がある。順を追ってそれを考えてみよう。
まずひとつ、彼らに危機感を持ってもらう。今回は無理だとしても次からは発砲許可を得て欲しいから。そうしたらきっと俺が楽になる。
ふたつめは、誰も殺さないこと。事情を大して知らせずに案内しておいて「ごっめーん」では済まされない。たぶんものすごく怒られるし恨みを買う。それは「信頼」という意味で大きな足かせになるだろう。
「みっつめは……あー、そこの人、ライトから離れてくださーーい! 離れろっつってんだろがテメエ!!」
そう叫ぶのと、照明にギズモが突進し、ぼんっと破裂するのは同時だった。頭を抱えて逃げまどう人影に、こちらへ来いと手招きをする。穴だらけで血のこびりついた女だけどさ、どこに逃げたら良いのか、何をしたら良いかも分からない彼らはゾロゾロと集まり始めた。
遅れて西岡さんが走ってくると、少しだけ驚いた顔をしていた。
「後藤 静華……おっと、匿名だったな。Aさん、こんばんは」
「いまフルネームで呼んだよね……。こないだの若手の人はどうしたの?」
指さされた先で、手を血まみれにさせている男性がいた。あらら、さっき怪我したのはこいつか。ほんっとゆとりポリスメンは使えねえなぁ。
おいでおいでと手招きをし、それからパンと頭を叩いた。
「なっ、なにするんですか!!」
「だから言ったよね、無闇に近寄らないようにって。あれを手で掴むとか、頭がフットーしてんじゃないか?」
ギヌロと睨みつけると、ゆとりポリスメンは黙った。それから手を握ってやり、
「おい、後藤! それは何だ……まさか事件のときの首の傷もこれで?」
「そうそう、おかげで死なずに済んだし、たぶん前に言っていた『血だらけで平然として立ち上がった人』も同じ理屈なんだと思う」
ぽかーんとされた。5名ほどいる周囲の人たちも同様だけど、傷を治された本人が一番そんな顔をしている。ついさっきまで手の反対側まで見えるような穴があったもんな。
じっくり説明をしたいが時間は有限だ。何しろ敵は時間経過と共にレベルアップをしてしまう。なのでちゃっちゃと行こう、ちゃっちゃと。
ブンブンと音をあげる「巣」を背後に、彼らの前に立つ。腰に手を当てた偉そうな姿勢でだ。もしも教壇でもあれば、講師として見られたかもしれない。
「はい、では説明をしまーす。皆さん携帯はマナーモードにしてくださいね。それと私のことは匿名のAさんと呼んでください」
とまどいの気配が伝わるけど気にしない。
背後に手を向けてから、俺は乳を見せつけるように姿勢を正す。
「あれは魔物で、ギズモという名前です。ゆとり君みたいに穴だらけにされるから無闇に近づいてはいけません」
「後藤さん、魔物とは何ですか?」
っかーーー! ほんとゆとりだなぁ、こいつはよおおお! 脳みそまでギズモに穴を空けられたら良かったのになああ!
「若林、匿名で頼む、匿名で」
「あ、すみません。あの、Aさん、魔物とは……」
「知らん。俺はあれを知ってまだ1週間も経ってないんだからな。もし分かったら教えて欲しいくらいだ」
おほんと咳ばらいをする。
今夜は風が強く、皆の髪や制服をあおっている。多くの戸惑いも見受けられるが、彼らの目には真剣さも混じっていた。ついこのあいだ起きた殺戮事件。あれの糸口を探そうとしているかのようだ。
ならばこちらも無駄口を叩かない。あとは糸を垂らすだけで、飢えたザリガニみたいに掴んでくれるだろうさ。
「魔物だ。そう覚えろ。近くにいたら誰であろうと刺してくる。ゆとり君が腰に差している拳銃よりも高い威力で、だ」
「僕はゆとり君なんて名前じゃ……」
「あれが住宅地に出た。ついさっき、夜の9時に」
ごくりと彼らの喉が鳴る。
普通ならこんな話なんて信じない。荒唐無稽だ。馬鹿女だと誰しもが思う。しかし現物が目の前でブンブン飛んでいて、その威力も目にしてしまったら「ファンタジー」では済まされない。そうきちんと理解してもらえるよう説明するには、この場は最適なんだろうと今さらに思う。
何よりも大きいのは、上の連中に俺が説明をしなくて済むってことだ。めでたく彼らは当事者となったのだし、実際その目で見ているもんな。ひゅう、あったまいいー。
「後藤、住宅地の魔物とやらはどうした?」
「倒したよ。運よくね」
西岡さんに、にこりと笑いかけた。実際は犬から噛まれて泣きそうになってたのは気にしない。あんなのは事故だし。別にいっつも犬から嫌われるのが悲しいわけじゃないし。ほんとだよ?
羽音が強くなり、俺は背後を振り返る。風に混じって奴らは奔放に飛んでおり、あちこちの生き物を喰っている様子が見えた。そこらにいる虫や、枝で休んでいた小鳥たちを捕食してゆく。
「レベル2になった……」
そう肌で感じたんだ。
今夜の巡回で、俺も2つほどレベルを上げている。これで計7レベルだ。
しかし奴らの成長速度はそれ以上でもある。たぶん根本からして違うのだろう。元からもっと高いレベルがあって、それに戻ろうとしているんだ。ただの憶測であって、誰も教えてくれないけど。
もしあのまま成長しきったら、ギズモはどうなるのだろう。それはふと思いついた素朴な疑問だ。
肩を掴まれて、振り返ると西岡さんがいた。
「つまり、警察官を殺したのは……」
「うん、あれ。倒そうとしてたときに、たまたま通りがかったんだ」
ごめんね、とは言えなかった。あの夜に、彼らを救う行動をなにひとつしなかったし、そうしていたらこの場に立っていられたか分からない。ギズモは美味しく食事をし、さらなる被害を起こしただろう。
だから謝らないし、ただそのときの自分が無力だったのを悔やむしかない。
風が吹き、梢の音がざざあと響く。ここは都内でも有数の大きな公園だけど、パトカーのおかげでまったくの無人だ。
空を見あげ、びょうびょうと鳴る風を聞いてから視線を下ろす。それからなるべく静かな声で問いかけた。
「強いし硬いし、どんどん数を増している。奴らを倒すにはどうしたら良いと思う? 今夜はそれを相談したくて、集まってもらったんだ」
教育とは問いかけることだと聞く。考えさせ、疑問を持たせなければ成長しないのだとか。そうしなければ、ただ結果だけを求めるそこのゆとりポリスメンのようになる。
これが3つめに伝えるべきこと、魔物の倒し方を教えることだ。
その瞬間、彼らは目の色を変えた気がした。
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