第12話 夜の巡回①
んで、だ。雨竜を送り出して早々、俺は部屋に戻って準備をすることにした。
余りまくっている段ボール、それと多めに買ったガムテープに手を伸ばし、じゃこりっと切れ込みを入れてゆく。
大型のカッターとか持つと、小学生の図工を思い出してちょっとだけ懐かしいね。まあ作ってるのは剣を覆うもので、銃刀法違反で捕まらないための工作なんだけどさ。
恐ろしいことに今夜は5箇所で魔物が出現するらしい。夜の9時から深夜の2時にかけて。
とうとう始まってしまった夜勤シフトに、最近のニートってこんなに忙しいんだなとアホなことを思う。
だけどまあ玉や装備品のために素材が欲しい身としては、ギズモを狩りたくて狩りたくて仕方ない。ちょっとしたカブトムシ捕りの気分だったりする。
こういう時はホント、バイクが届いていればなと思うよ。納車まであとちょっと。それまでは真面目にカブトムシ……じゃない、ギズモを捕まえて地域の安全を守ってみせるぜ。
「んー、なんとか収まりそうか。ちょっとはみ出すのは仕方ないとして、穴が空かないよう補強しとくかな」
引っ張り出した肩掛け付きの釣り竿入れに、
破れても構わないだるんっとしたズボン、長袖のシャツ、それと放置してたら勝手にビンテージ物になったつば付き帽子を指にひっかける。
厚底のジャングルブーツを履いてから外に出ると、外はもう真っ暗だ。
それがなぜか面白いと思えた。これから何かをすると決めた夜は、普段の夜と違うらしい。雲の向こうでおぼろげに輝く月を眺め、俺は一歩を踏み出した。
うっし、ギズモ狩りの始まりだぜ!
夜の9時。
それが闇礫の
遅れてワウワウと犬が吠え立てるなか、俺は暗がりからぬうっと姿を現す。
かなりマズい状況だった。
奴らの「巣」が住宅地に発生してしまい、たまたま通りかかった子を狙ったのだ。巣とその子の距離は数メートルしか無く、こうして不意打ちの好機をフイにするしかなかった。
危機を察して飛び出してきたギズモらが、ぶわっと周囲に現れると俺の心臓も大きく跳ねる。
これから最適な行動をしなければ、あの子は死ぬ。目深にかぶった帽子の奥で、たぶん俺は迫力ある目をしたと思う。
剣の背に沿って進む
「レベル4、か……」
勘だけでそう囁く。なんとなくかっこいい気がして。
こいつは住宅街の庭木に生まれたらしく、探すのに手間取った。生垣に囲まれた小道は人が二人くらいしか並んで通れない。さらには硬直して動けない子がいては、こうして近距離で戦わざるを得なかった。
「おい坊主、静かに後ろへ離れろ。ゆっくりとだぞ」
そう声をかけると、コクコクと頷き返してくる。全身に鳥肌が立っていそうな顔色で、ゆっくり、ゆっくり後ろへ下がっていく。
がむしゃらに吠える犬の鳴き声、そしてギズモの羽音だけが俺には聞こえていた。それがすぐ耳元から聞こえた気がして、恐怖心に思わず首をすくめてしまう。
フーと息を吐く。怖いとか死ぬとか思っちゃ駄目だ。それは怯えているだけで、今の状況にまったく役立たない。最悪の道から外れるためには、最も確実な方法で対応をしなきゃ駄目だ。無論、その方法とは相手よりも先に
大して狙いもつけずに発射をするのと、ギズモらが急激に回転をし、弾丸のように向かってくるのは同時だった。えっ、ここに来て新技っ!?
バッ、ゴギッ! ゴギギギ! バカンッ!
とっさに生み出した俺の盾は「カシシシッ!」と宙で合体をし、迫りくる魔物らへの視界をふさぐ。といってもまだまだ幅30cm程度しか無いので、頭から胸をふさぐのが精々だ。地面に片膝をついたが、ざくざくっと肩へ走る激痛は……。
「ぬうーーッ!」
どっと汗をしたたらせ、
相手にとっても猛烈すぎる体当たりなので、盾に触れた奴らはみんなゴミクズみたいになって散ってゆく。辺りに撒き散らされた体液は、どこか煙草のヤニみたいに鼻の奥へこびりつく匂いをしていた。
左手の指をそっと開く。六角形の集合体である盾はそれぞれ分離し、視界を元に戻してくれる。
どうやら狙い外さずこちらの弾は貫通していたらしいが、もう一発を撃ちたくても肩が痺れたように動かない。穴だらけにされたせいだ。脇の下へ温かい血がどろっと伝ってゆくのを感じる。
その空白の時間に、歯を剥き出しにする犬が手綱を振り切って猛然と走ってきた。
ガウウッガウウッ!!
待って待って、なんで俺に向かってまっしぐらなの!? シリアスモード全開だったのにおかしいよ、こんなの絶対におかしいよ! 馬鹿っ、この馬鹿犬っ!
ふと、そいつを目掛けて飛来するギズモに気づき、咄嗟に俺は渾身の前蹴りを放つ。ジャングルブーツの厚底でゴミ虫を踏み抜き、黒剣を左手に持ち替え、おかしな体勢であろうと気にせず――バズッッッ!――闇礫の
ビシィッ!
そいつはぶるりと震えたかと思うと、「巣」はあらゆる角度からヒビ割れを始め、やがて臨界を迎えたように爆風を撒き散らした。
どおっ!と弾けた空気により帽子はすっ飛び、当たり前のように尻もちをつく。
前はびっくりしたけど、今はホッとする方が先だよ。散らばってゆく魔物たちを眺め、はーー、とため息を漏らしてアスファルトに寝転んだ。
ゴルルッ! ゴルルルッ!!
後はこの、俺の足に噛みついているバカ犬をどうにかするだけか……。おーおー、眉間が皺だらけだこと。おっかないねぇ。
それとようやく理解したけど、やっぱもう駄目だわ。一人だと絶対に無理。人気のない場所にいっつも敵が出るとは限らないし、もしかしなくても人に被害が出ちゃう。もう全然ダメーー。無理ーー。
「あー、ひとつ目からアレかよ。つっかれたー」
シャーッと自転車を走らせながら、そうボヤく。
さっきの傷はとっくに
夜のサイクリングって昼間より速い気がして、空気も落ち着いているから走ってて気持ち良い。
通り過ぎてゆく街灯を見あげながら、視覚リンクだか何だかの機能を動かすと、次の巣までの距離「22キロ」という表示がされてね……すっごい面倒くさい気分になった。これから1時間も飛ばすのかよ。
一人でひっそりと心が折れた俺は、すぐさま携帯電話を取り出した。ながら運転は良くない? 違法? だけどイヤホンをしていれば問題無いよね。もちろんそんな気の利いたものは持ってないけどさ。
しばらく待つと「プツッ」と電話が繋がった。
「西岡だ」
「あ、遅くにごめんね。匿名でタレコミをしたいんだけど平気?」
「……ああ大丈夫だ。何かあったのか?」
「ちょっとした異変というやつを教えようと思ってさ」
一転して声色を変え、含みの言い方をしたけど「犬に噛まれて泣きそうになったから助けて欲しい」というのが正直な気持ちだっだよ。
別に西岡さんじゃなくって完全に匿名として通報しても良かったけどさ、たぶんそうしたら信用してもらえないと思う。一人だけおまわりさんが見回りにやって来て、被害が出て終わっちゃう。だから動いてくれそうなおっさんに声をかけたんだ。
さて、どこの地域を伝えたら良いだろう、と俺は視覚リンクされている地図を眺める。どこを担当してくれたら楽だろうか。彼らに最も適した場所はどこだろう。
やがてひとつの出現予測エリアを俺は見つめた。
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